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と也、, 頭の節ゟ、御心易く被召仕たる者の義ニ御坐候得者、いかたうニ御口きた, なく被仰候ても其ヲ通りの御事ニ候、御前樣の御口上之通りを、其儘ニて、, 御使ヲ以、隼人の腰ぬけめに早く御供仕候樣ニと被仰下候、私義者しらみ, も承り候處ニ〓被申渡候へ者、隼人聞もあへす、此隼人は終にこしをぬか, 大坂ニて、五月七日落城之節、城方の者共と相見へ、四五百人計一所ニかた, したる覺者無之候、左樣被仰御人には、武田信玄ニ御出合あられては、腰を, 共、ちと御延引ニ付、御使番衆をめさすられ、隼人の腰ぬけめに、右兵衞を早, まり居候を、權現樣茶臼山の上ゟ御覽被遊、幸之事ニ候間、尾張殿、紀伊殿御, くつれてうせをれといへとの御口上を、とりもなをさず尾張殿衆いつれ, 坂落城の日、義宣公を茶臼山へ被相呼候節、少御遲參とて御立腹被遊、重〓, は名護屋より駿府え參上して、權現樣の御前へ罷出被申上候は、去ル比大, 取かひ可被遊との上意ニて、御兩殿共ニ早く御越し候樣ニとの御事候へ, 御ぬしあられ候と、諸人の承る如く大音ニ被申上候となり、御陣後隼人正, 兩度の御陣ノ節、御旗本衆の中ニ一人も〓當を被致たる仁とては無之候, 家康ヲ腰, ぬけト呼, 成瀬隼人, ブ, 元和元年五月七日, 七三九
頭注
- 家康ヲ腰
- ぬけト呼
- 成瀬隼人
- ブ
柱
- 元和元年五月七日
ノンブル
- 七三九
注記 (21)
- 1830,634,50,136と也、
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