『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.783

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ゟ兩人者先達〓乘り連參り申候、追懸乘付候處に、壹間はかりの小溝有之、, の馬ゆへ、其髮を便として陣所に乘歸り申候て承候へは、御兩殿樣ともに, 冑を馬上より捨、御討死の御供せんと申候、其時隼人申候は、高名仕事、其上, 人手疵痛手叶不申候間、三尺手拭にて結ひ首にかけ、御備を見候へ共、知れ, 人殿かと申候、中々勘右かと申候へは、一所と申候間、心得候由申候所ニ、夫, 申候は、今朝御討死の由申聞セ候處ニ、馬上より首を投捨、しのびの緒を切、, と覺申候、嶋立内膳手負申、青毛御馬ニ乘り、首貳つ取歸て殿々と申候、隼人, さて隼人は半町ばかり參候處に、敵有之候故、馬より下り聲乍懸、鑓を合候, 不申、味方居不申候故、先小口を引、其上の事ニ可致と存し、漸馬ニ乘り、卷頭, 御討死の由申候故、無是非落〓仕候、扨惣人數のせんさく仕候處に、五半時, へは敵の鎗、隼人右の腕ニ中り候へ共、押付敵を〓留、首をかき取申候、扨隼, ニ詰寄申候處ニ、二木勘右衞門、小笠原主水に行合申候、勘右衞門申候は、隼, 長廿貳三間はかりほどに相見候小溝川也、兩人の馬飛兼候故、脇へのり込, り候、隼人馬はよき馬にて、聲をかけ候へは飛越申候、夫より兩人別れ申候, 恐れ、悉く引退、四五人殘り申候、日比の口とは、扨々違申事に候、夫より敵方, 右衞門, 小笠原隼, 島立内膳, 水二木勘, 人傷ク, 傷ク, 小笠原主, 元和元年五月七日, 七八三

頭注

  • 右衞門
  • 小笠原隼
  • 島立内膳
  • 水二木勘
  • 人傷ク
  • 傷ク
  • 小笠原主

  • 元和元年五月七日

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  • 七八三

注記 (24)

  • 1607,631,60,2237ゟ兩人者先達〓乘り連參り申候、追懸乘付候處に、壹間はかりの小溝有之、
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