『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.870

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

んふんし、かの百よきの士は五百せいにをつちらされ、まさけたか一こん, さけた是を見て、まつさきにのりいたし、あふみふんはりたちあがり、大を, やつばら、あたかもくものこをちらす〓くしどろもどろにはいぐんす、ま, 打をばこのみ給ふ、是はかたうしきぶ少ゆふがそなへなり、かく云それが, は五百よきをしりぞけぬ、まことに一きとうせんとき、かやうの事をや云, よき、一どにど〓とうちあけおめ〳〵とむまをひきかへす、しよ人是をけ, しは、あたちせんいちらうと云物也となのりしかば、きそいかゝりし五百, すゝむてかけんとする、まさけた大をんに、おのれら、かはむらとそれがし, がけちをそむきのりいたし〓るは、以のほかの大事也、かならずむまのく, ちをかへすなといかりしかども、はやりはたりてはせいつるが、たれと〓, んぜうをあげて、てきとはみへす、そもたれとのの御そなへなれば、みかた, しらすそのせい五百よきにて、一度にどつとつきかゝる、かのはやりをの, 兀和元之卯年、大坂ニ出陣シテ、五月六日七日大ニ戰フ、時ニ明成手ヘ、馬乘, べきとしたをふるつてかんたんす、, 諸家興亡記〕八四拾万石加藤式部少輔明成, 諸家興亡記〕八四拾万石, ノ, 政定少壯, ノ戰功, 加藤明成, ノ輩ノ味, フヲ救フ, 方討ニ逢, 元和元年五月七日, 八七〇

頭注

  • 政定少壯
  • ノ戰功
  • 加藤明成
  • ノ輩ノ味
  • フヲ救フ
  • 方討ニ逢

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 八七〇

注記 (25)

  • 607,657,61,2206んふんし、かの百よきの士は五百せいにをつちらされ、まさけたか一こん
  • 1193,649,60,2213さけた是を見て、まつさきにのりいたし、あふみふんはりたちあがり、大を
  • 1311,656,56,2200やつばら、あたかもくものこをちらす〓くしどろもどろにはいぐんす、ま
  • 958,650,61,2209打をばこのみ給ふ、是はかたうしきぶ少ゆふがそなへなり、かく云それが
  • 489,657,63,2208は五百よきをしりぞけぬ、まことに一きとうせんとき、かやうの事をや云
  • 722,659,62,2208よき、一どにど〓とうちあけおめ〳〵とむまをひきかへす、しよ人是をけ
  • 841,653,60,2216しは、あたちせんいちらうと云物也となのりしかば、きそいかゝりし五百
  • 1777,647,61,2211すゝむてかけんとする、まさけた大をんに、おのれら、かはむらとそれがし
  • 1662,653,57,2205がけちをそむきのりいたし〓るは、以のほかの大事也、かならずむまのく
  • 1544,647,58,2210ちをかへすなといかりしかども、はやりはたりてはせいつるが、たれと〓
  • 1076,654,61,2203んぜうをあげて、てきとはみへす、そもたれとのの御そなへなれば、みかた
  • 1426,643,60,2209しらすそのせい五百よきにて、一度にどつとつきかゝる、かのはやりをの
  • 133,665,71,2199兀和元之卯年、大坂ニ出陣シテ、五月六日七日大ニ戰フ、時ニ明成手ヘ、馬乘
  • 374,661,56,1072べきとしたをふるつてかんたんす、
  • 231,630,103,1960諸家興亡記〕八四拾万石加藤式部少輔明成
  • 234,625,99,926諸家興亡記〕八四拾万石
  • 227,613,106,31
  • 1464,282,44,171政定少壯
  • 233,296,42,121ノ戰功
  • 277,293,43,167加藤明成
  • 1424,286,40,167ノ輩ノ味
  • 1336,286,40,164フヲ救フ
  • 1375,282,47,172方討ニ逢
  • 1888,711,47,340元和元年五月七日
  • 1899,2444,38,118八七〇

類似アイテム