『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.187

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見のため參詣して見侍るに、ことやう成經交れる事聞しに違はす、ある人, 傳る大般若經あり、一箱の中に十卷宛納めて六十箱今にあり、世間旱魃の, に閉籠り給ひたまを、人いふかりて透間よりのそき見たれは、數十人のか, に散亂しきるも思ひ合せ侍れは、是御代の久しかきましき凶瑞にやと〓い, 行基菩薩の舊跡あり、此寺の什寳として、小野篁一筆にて一夜に書なと云, 年、此經をくりぬれは、必雨ふると云り、一とせ秀頼公御覽有へしとて召れ, しかは、寺僧もたせて大坂へ參りぬ、御城中に十日計有て返させ給ふとな, 出侍り、秀頼公の御手習始より、色紙の故實滅亡し冬るも、經の文字の諸國, 侍るに、篁と札付たれは、皆此經のきれ〳〵也、見る度にけはらきの事思ひ, のいはく、其比大坂御城中には、吉利支丹の宗旨多かり、かゝる惡逆無道な, よしあぬにそ思ひ出侍な、攝津國さはらき村と云所に、蓮華寺とか號して、, 〓事は、定て彼宗旨の輩のしわさならんと語れり、其後諸方にて手鑑を見, あやしまよ、此寺に云傳へぬるは、篁此經を一夜の中に書給はんとて、一間, 別なお手跡凡昇なるそ交りける、寺僧驚きぬれとせん方なし、予も此經拜, ん、其後此經をみるに、一箱乃中に或一二卷或三四卷軸表紙は相似く、經は, 大般若經, 秀頼蓮華, ノ耶蘇教, 寺所藏ノ, 大坂城中, 經散佚, 蓮華寺ノ, ヲ覽ル, 徒, 元和元年五月八日, 一八七

頭注

  • 大般若經
  • 秀頼蓮華
  • ノ耶蘇教
  • 寺所藏ノ
  • 大坂城中
  • 經散佚
  • 蓮華寺ノ
  • ヲ覽ル

  • 元和元年五月八日

ノンブル

  • 一八七

注記 (26)

  • 1100,612,64,2224見のため參詣して見侍るに、ことやう成經交れる事聞しに違はす、ある人
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