『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.210

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せしは木村長門守重成也、右の如く殘名の英雄、國々ニ忍ひて秀頼君を守, 立んと、各肺肝を碎きたれとも、徳川公の天下磐石の如く、寛仁四海にしき、, にも象棋を好たる者ありて、件の下部を招きて、日夜象棋をさし心易くな, 云るは、扨も此年月いとふんころニ憐み給はりし深切忘れ難し、然るニ我, り、互ニ念比ニて、一とせ餘りも斯て在しとそ、ある日例の下部來りて密ニ, 扨前の木下ニ住める稀人の話ニ付て、猶勘ケ由か物語れなは、薄田隼人抔, 御餘波なり、此程の御懇篤謝するに盡せす、御厚恩ニめてゝ、我實を明し申, も一度落來りし也、是は慥ニ證據あり、元和の比、鹿兒島の城下ニ酒造あり, 首をもつて敵を欺き、立退し宗徒の士多し、其中ニ哀れなるかな、實ニ討死, 去あたよ子細出來りて、此地ニ止り難し、今別れ參らすれは、もはや今生の, く、一人の下部を酒次ニとて抱置けるか、彼下部常々象棋を好たるに、藩士, 今一度世ニ出し申さんと、眞田後藤等を始め、再興を約盟し、何れも討死贋, したる薄田隼人兼佐がなれる果ニて候へき、大坂落城の砌、何卒秀頼君を, 也、我こそは大坂の役に、穢多か崎ニて討死を遂しとて、關東を欺き身を隱, 大御所の御在世よりも、なを靜謐ニ治りて、中々事を起す便もあらされは, 鹿兒島二, 薄田兼相, 遁ル, 元和元年五月八日, 二一〇

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  • 鹿兒島二
  • 薄田兼相
  • 遁ル

  • 元和元年五月八日

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  • 二一〇

注記 (20)

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