Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
熊本藩齋藤孝壽曰, ことあり、某先頃かの國に問合せし文通あり、近日見せ申さんと、, ありしことを云き、其後薩州の文通を示さる、文よみ難し、今傍訓を加ふ、, 正良造刀劒、故居之三旬、余嘗聞、曰豐公秀頼逃于坂城、西走于薩也、如有其事, 州の言是ならん、さるにても、神祖の御深仁御厚徳察し奉るへし、, 是世上の説諸書所云と異なり、何さま秀頼の墓薩州にありと云へば、豆, 一家の幸村は、薩摩にゆきたると覺しく、彼國の云ひ方も、間々夫と覺しき, しと云、これ關東を憚るに因てなるべし、是等もて思へば、斯時天下の御勢, 觀るべく、又豐氏全盛の成り果も憐むべし, 山話の中耳底に留りしばかりを書つく、, 必有其墳墓子孫也、爰問爰〓、廼北廼南、自西往東、周爰求邦、人々皆曰、不知也、, 九月初句に、眞田豆州, 或曰、遠府南三十里有谿山市、其西隣有一村落、名曰木下、蓋其所也、余一日遊, 之、旁問諸村老、乃有豐公墟、其廣一段許、中有二松、其大三拱、枝葉欝茂乎霞中、, 甲寅之春、南遊于薩、〓官工伊, 訪はれて、四方, 〔甲子夜話續編〕七續の五卷に、松代侯の物語を記せし、中、幸村の薩摩に, 〔甲子夜話續編〕五この, この, (〓外)孝壽は稱權之助細川, 侯の町奉行、犬追物に精し, ○文政, 十一年, ○幸, 貫, 幸村薩摩, ニ遁ル, 元和元年五月八日, 二一六
割注
- (〓外)孝壽は稱權之助細川
- 侯の町奉行、犬追物に精し
- ○文政
- 十一年
- ○幸
- 貫
頭注
- 幸村薩摩
- ニ遁ル
柱
- 元和元年五月八日
ノンブル
- 二一六
注記 (29)
- 625,623,57,567熊本藩齋藤孝壽曰
- 1211,630,57,1944ことあり、某先頃かの國に問合せし文通あり、近日見せ申さんと、
- 737,637,60,2157ありしことを云き、其後薩州の文通を示さる、文よみ難し、今傍訓を加ふ、
- 502,627,62,2237正良造刀劒、故居之三旬、余嘗聞、曰豐公秀頼逃于坂城、西走于薩也、如有其事
- 974,702,58,1951州の言是ならん、さるにても、神祖の御深仁御厚徳察し奉るへし、
- 1090,697,62,2153是世上の説諸書所云と異なり、何さま秀頼の墓薩州にありと云へば、豆
- 1325,647,62,2211一家の幸村は、薩摩にゆきたると覺しく、彼國の云ひ方も、間々夫と覺しき
- 1795,626,59,2227しと云、これ關東を憚るに因てなるべし、是等もて思へば、斯時天下の御勢
- 1682,628,55,1289觀るべく、又豐氏全盛の成り果も憐むべし
- 1449,625,54,1227山話の中耳底に留りしばかりを書つく、
- 386,629,61,2235必有其墳墓子孫也、爰問爰〓、廼北廼南、自西往東、周爰求邦、人々皆曰、不知也、
- 1562,1646,55,635九月初句に、眞田豆州
- 266,629,63,2224或曰、遠府南三十里有谿山市、其西隣有一村落、名曰木下、蓋其所也、余一日遊
- 148,631,62,2231之、旁問諸村老、乃有豐公墟、其廣一段許、中有二松、其大三拱、枝葉欝茂乎霞中、
- 618,1991,60,865甲寅之春、南遊于薩、〓官工伊
- 1561,2439,54,417訪はれて、四方
- 840,588,101,2272〔甲子夜話續編〕七續の五卷に、松代侯の物語を記せし、中、幸村の薩摩に
- 1539,587,104,820〔甲子夜話續編〕五この
- 1572,1286,44,114この
- 652,1208,43,770(〓外)孝壽は稱權之助細川
- 608,1214,43,748侯の町奉行、犬追物に精し
- 1592,1437,44,181○文政
- 1548,1433,41,186十一年
- 1590,2313,39,98○幸
- 1546,2308,39,41貫
- 1357,255,42,173幸村薩摩
- 1315,268,40,104ニ遁ル
- 1912,697,44,341元和元年五月八日
- 1910,2442,45,118二一六







