『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.216

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熊本藩齋藤孝壽曰, ことあり、某先頃かの國に問合せし文通あり、近日見せ申さんと、, ありしことを云き、其後薩州の文通を示さる、文よみ難し、今傍訓を加ふ、, 正良造刀劒、故居之三旬、余嘗聞、曰豐公秀頼逃于坂城、西走于薩也、如有其事, 州の言是ならん、さるにても、神祖の御深仁御厚徳察し奉るへし、, 是世上の説諸書所云と異なり、何さま秀頼の墓薩州にありと云へば、豆, 一家の幸村は、薩摩にゆきたると覺しく、彼國の云ひ方も、間々夫と覺しき, しと云、これ關東を憚るに因てなるべし、是等もて思へば、斯時天下の御勢, 觀るべく、又豐氏全盛の成り果も憐むべし, 山話の中耳底に留りしばかりを書つく、, 必有其墳墓子孫也、爰問爰〓、廼北廼南、自西往東、周爰求邦、人々皆曰、不知也、, 九月初句に、眞田豆州, 或曰、遠府南三十里有谿山市、其西隣有一村落、名曰木下、蓋其所也、余一日遊, 之、旁問諸村老、乃有豐公墟、其廣一段許、中有二松、其大三拱、枝葉欝茂乎霞中、, 甲寅之春、南遊于薩、〓官工伊, 訪はれて、四方, 〔甲子夜話續編〕七續の五卷に、松代侯の物語を記せし、中、幸村の薩摩に, 〔甲子夜話續編〕五この, この, (〓外)孝壽は稱權之助細川, 侯の町奉行、犬追物に精し, ○文政, 十一年, ○幸, 貫, 幸村薩摩, ニ遁ル, 元和元年五月八日, 二一六

割注

  • (〓外)孝壽は稱權之助細川
  • 侯の町奉行、犬追物に精し
  • ○文政
  • 十一年
  • ○幸

頭注

  • 幸村薩摩
  • ニ遁ル

  • 元和元年五月八日

ノンブル

  • 二一六

注記 (29)

  • 625,623,57,567熊本藩齋藤孝壽曰
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