Loading…
要素
ノンブル
OCR テキスト
る所の黄〓をかへし奉りて自害し、左近も御馬印を返し置て腹切しよし、, るとて、道さへ案内知りけんはいふかしき事也、すてに東都御城内出火の, たれと、御膳抔獻する樣も、かる〳〵しく覺ゆ、されとこれらは大平日いま, 僅に其辱をかくせしにや、かゝるさたにて、とかくに御和睦の事ゆかさり, 印は、冬夏兩陣ともに津川左近親行か司る所也、此際に婦女の手をかりて, 也、元より大坂一城と成りては、大閤御代とは、よろつ手せまくなりたるへ, し、時運とはいひなから、うたてかりし事也、此時御籏奉行郡主馬良則は、預, 御指圖にて、御臺所口迄の一通り疊を裏かへして、道の目標とせられしに, 諸書にのせたり、何れろまさしきや、われは爲に菊女かはなしの實ならん, 事をはつる也, 方も能見ゆるを知りて出たるも、淺間なる事成べし、ことには城内を逃出, て、やう〳〵難をまぬかれたり、今は御用聞の疊屋にて此役蒙る抔とも云, 時、大奧の女中度方にくれて出る所を知らず狼狽したりしをは、伊豆守殿, だ久しからさる故ともいふべし、それよりもいぶかしきは、秀頼公の御馬, なるへたれと、今にては似氣なき樣に思はれ、千疊敷の御椽側へ出れは、何, 元和元年五月八日, 二四三
柱
- 元和元年五月八日
ノンブル
- 二四三
注記 (17)
- 488,632,70,2234る所の黄〓をかへし奉りて自害し、左近も御馬印を返し置て腹切しよし、
- 1665,630,63,2216るとて、道さへ案内知りけんはいふかしき事也、すてに東都御城内出火の
- 1075,637,67,2220たれと、御膳抔獻する樣も、かる〳〵しく覺ゆ、されとこれらは大平日いま
- 724,629,65,2228僅に其辱をかくせしにや、かゝるさたにて、とかくに御和睦の事ゆかさり
- 842,630,65,2224印は、冬夏兩陣ともに津川左近親行か司る所也、此際に婦女の手をかりて
- 1192,630,65,2216也、元より大坂一城と成りては、大閤御代とは、よろつ手せまくなりたるへ
- 603,632,69,2224し、時運とはいひなから、うたてかりし事也、此時御籏奉行郡主馬良則は、預
- 1426,627,66,2226御指圖にて、御臺所口迄の一通り疊を裏かへして、道の目標とせられしに
- 373,629,65,2221諸書にのせたり、何れろまさしきや、われは爲に菊女かはなしの實ならん
- 252,627,59,430事をはつる也
- 1781,626,64,2227方も能見ゆるを知りて出たるも、淺間なる事成べし、ことには城内を逃出
- 1312,629,63,2224て、やう〳〵難をまぬかれたり、今は御用聞の疊屋にて此役蒙る抔とも云
- 1545,630,66,2225時、大奧の女中度方にくれて出る所を知らず狼狽したりしをは、伊豆守殿
- 961,631,63,2224だ久しからさる故ともいふべし、それよりもいぶかしきは、秀頼公の御馬
- 1900,625,65,2229なるへたれと、今にては似氣なき樣に思はれ、千疊敷の御椽側へ出れは、何
- 148,703,48,345元和元年五月八日
- 163,2447,43,114二四三







