『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.452

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とて膳を出す、三日めにて心よく食事を服しけり、扨樣々珍敷咄抔して興, 或家に入りぬ、さしのそき見れば、人六七人居て振廻の躰也、是幸ひと思ひ, 持て、里人の跡より行見るに、或は貳人三人道々にてわかれ、四五人打連て, 手の筋病人の事を面々ニ問ふ、能程に挨拶すれは、先時分よろしかるへし, に奇妙を見すへし、安部の清明が子孫に安部康豐とは我也、天下第一の者, に嶋の羽織を着たる人、此家のあるし也と云、皆〳〵奇異の思ひをなして, なれ共、亂國故に居所を追出され、如此の仕合也、先此座に並び居たる中に、, ぬき、是に刀を包、手拭のほうつふりを取く、懷中に首帳一册在りしを取添, 立て見ゆると云、座中皆々亭主のあたまを見る時に康豐見知りて、三番め, を催す故、其夜は其家に止りぬ、明れは近隣より聞傳へく、吉凶樣々占に來, 志行とも道々にて咎られ、漸に是迄來れり、何にても占ひ度事あらは、即時, 入て、某は西國の者うらなひしやなるが、大坂の亂に國へ歸られす、關東へ, 此家の主をたちまち見出し可申と云、一座の者興有事に思ひ、さらば御覽, て候得と申、此家のあるしは、後々一郷の主と可成相有り、頭の上に白き煙, る、かくて三日とゝまる内、三日めの朝里人來て申は、昨夜箱一つ失たり、此, 元和元年五月十五日, 四五一

  • 元和元年五月十五日

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  • 四五一

注記 (17)

  • 405,627,63,2223とて膳を出す、三日めにて心よく食事を服しけり、扨樣々珍敷咄抔して興
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