『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.463

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たるにや、, 行二百石を被下、馬廻の侍になし給ふ、十兵衞歸國して後も、合戰の働きは、, といふよし也、當邦の歩士伊東何かし、藤堂の家士に聞るよし也、七口廿, 四石き吾藩の給式にあれは、さもあるへき事也、後に二百石となれるな, に破られし故也、盛親破られしは、私藤堂侯に鎗入れし時、侯の御馬は奧立, 也、私馬は國馬にして、馳引抜群に違ひかけちらされしゆゑ、討得すして、終, に盛親破られ、大坂敗軍に及へる第一也と申上し、龍山侯悦喜し給ひ、則知, 見せしか、〓の外迅速なりし事なりしと也、今は上山か家はなし、とく除れ, 其中に吉田市左衞門か組之生捕之朴好仁と云者有。其家, しに少も違はに、ありのまゝに申上、かついはく、大坂之不運は、盛親、藤堂侯, とかく馬にありとて、若士の馬のりし時なと、戰場にて馳むくわさをなし, る歟、龍山侯御時の分限付に、二百石上山十兵衞と記しありたるとおほ, ふ、, 藤堂侯の御家にも、上山か事かたり傳へて、此時の俸給七人扶持廿四石, 南路志〕, 〓國七之三高知唐人町, (頭注), 土佐郡, 山來ヲ記シタリ, ○上略、唐人町ノ, 元和元年五月十五日, 四六三

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  • 土佐郡
  • 山來ヲ記シタリ
  • ○上略、唐人町ノ

  • 元和元年五月十五日

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  • 四六三

注記 (22)

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