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大坂城に籠りしかは、このことに坐して改易せらる, に列し、十二月十三日、廩米三百俵を〓まふ, 和元年、大坂御陣のときき、青山伯耆守忠俊か手に屬して從ひたくま〓, り戰功あり、このとし父かことに坐して改易をらる、寛永十八年十二月, 慶長五年、眞田昌幸を征したあふ乃とき供奉し、のち御書院番となり、元, とれり、大坂兩度の御陣に供奉し、乃ち廩米三百俵を賜ふ、元和元年、兄重, に徘徊すなことを禁せらるゝにより、板倉伊賀守勝重これを糺明す、こ, のとき常吉、久左衞門は、利直か家臣にして、君命により上京せしむ手、勝, 長と共に改易せらる、寛永十八年四月十八日、めしかへさ〓て、御小性組, 重長母は某氏、文祿二年、めされて台徳院殿にほかへたくま例る, 十三日、めしかへさ縱し、下總國印旛郡乃うちにをいて、釆地六百石を〓, 重かもとに證状を贈るのところ、久左衞門、のち秀頼乃ま〓きによりて, まひ, 常勝母は某氏慶長十四年、はしめく台徳院殿にあみ邊たてま例り、大番, ○家康、十左衞門ヲ舊主南部利直ニ付シテ誅セシムルコト、本年秋ニ, 元和元年閏六月十二日, 五歳, 時十, ○下, 略, 大坂ニ籠, 衞門ノ身, 元ヲ保證, 十左衞門, 常吉十左, ス, 元和元年閏六月十二日, 三二八
割注
- 五歳
- 時十
- ○下
- 略
頭注
- 大坂ニ籠
- 衞門ノ身
- 元ヲ保證
- 十左衞門
- 常吉十左
- ス
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- 元和元年閏六月十二日
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- 三二八
注記 (28)
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