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殿破却ありしと云々、, に御當家御治世に至、追日衰廢し、, 公武の崇敬他社に過、都鄙の貴賤群參して、是をぬかつく、壯觀の地也、然る, 社僧三院の内なるか、可追考、, と稱する類ひに非す、當家興立の事も、彼恩義ニ仍て也、而るを彼靈社を棄, 今は舊地の跡もなく、郊野と成て、豐國の名をたに知人も稀なり、吁一瞬の, 或曰、大坂御陣後、南光坊云、彼廟社を其儘被立置なは、神靈爰に止て、世の, 間に、斯まて榮枯を換る事、誰か嘆息せさらんや、或雜録に曰、大猷公の御代、, 仇をなさん、神は人の敬に仍威を増す、神威衰る時は害をなさす、須く破, 却あるへしとの勸に任せ、御鞭にて花表を三度撃たまひ、御陣後早々社, 老臣の面々へ仰にるは、豐國社當時廢れる事、是道理に不當也、秀吉に於敵, るべけれ共、夫も不見、その上、鐘の釣やう外々とちかひ、逆に釣是あるは、, 旁子細有之鐘と見えたり、又當時妙門跡の院家地日嚴院, 參の諸侯の裝束所也と、今は無住にて、昔の膳具等殘シ有之由、右に記す, んは奈何、須く修理を加へ、祭祀の禮を以てすべしと宣ふ、時に酒井雅樂頭, 豐國社拜, 元和元年七月十日, 北在, 路傍, 天海破却, ヲ勸ムト, 家光再興, ノ説, セントス, 元和元年七月十日, 一〇八
割注
- 北在
- 路傍
頭注
- 天海破却
- ヲ勸ムト
- 家光再興
- ノ説
- セントス
柱
- 元和元年七月十日
ノンブル
- 一〇八
注記 (26)
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