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大坂御陣の時離散をし町人共、御引〓し仰, 緒書物有之候事、, より、百貫目以上の身體のものを御撰出し遊され町方支配仰付ら〓、元〆, て、三津八幡も、小宮等亦き三津寺も至ての小庵のよし、東堀より長堀西横, され候よし、町々年寄も、元〆衆より極められ候よし、其頃今島之内荒野に, 御屋敷にて、御曲輪の荒地、伏見より貳百町程御引移しにて、今惣年寄の先, 堀、今乃道頓堀邊まて四百五拾間餘四方をは、下總守殿より家建の儀、今の, 祖は、慶長八年の比、長崎表唐物入津御取締の節、長崎江戸京堺大坂五箇處, し仰付られ、其外の惣年寄衆、先祖の持地所々に在之由、此義も安井氏に由, へ建家致し、芝居町と申候、此芝居を南堀え引移され、道頓堀と可致申候よ, 南舟場二郷に、天滿の郷, 付られ、諸人安堵の思ひをなし、萬世を唱へ悦〓り、上町東堀まてき、諸士方, 衆共相唱へ、御年貢の地子銀取集め、未進等は取替、松平下總守殿え上納致, 詰より、木津川口迄荒地之處、則安井拜領して、川を堀りて南堀と名付、兩側, 惣年寄安井九兵衞先祖へ仰付られ、町割等、安井致され候、今の道頓堀東堀, 元和元年、大坂落城の翌辰のとしより、松平下總守殿御知行と成て、北船場, 今三郷, といふ, 町割ノ改, 離散セシ, 町人ヲ召, 寄ス, 大坂役二, 元締衆, 正, 元和元年九月十九日, 五四五
割注
- 今三郷
- といふ
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- 町割ノ改
- 離散セシ
- 町人ヲ召
- 寄ス
- 大坂役二
- 元締衆
- 正
柱
- 元和元年九月十九日
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- 五四五
注記 (27)
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