『大日本史料』 12編 23 元和元年十月~元和二年正月 p.68

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人數をそなへし時、敵出張して足輕をかけてたゝかりしむ、正繼先陣にす, ゝち、御旗下の諸士、軍功の上中下を御沙汰ある時、勝直上功に賞せられて、, ゝむて、敵の首二級をうちとる、其うち一級き甲首なり、組中の馬上のさふ, 見せけれは、組頭かいはく、これ組中の一番首也、それより又これを持して、, くうちとらる、敵も又城中へ引入、其後正繼最前にとる所の首級を組頭に, 忠世に屬して發向す、忠世は御旗本に候する故、嫡男阿波守忠行、御右備の, に從ひたてまつり、鑓を合せ敵をうちとる、花房右馬助是を見て、御歸陣の, 御本陣におもむき、台徳院殿に獻す、其後御歸陣あつて、諸士軍功の勝劣を, らひつゝいくすゝみ來るといへとも、敵兵其跡をさへきるゆへ、味方おほ, 内にて、五百石の釆地をたまはる、, 相議したまふ時、正繼右のおもむきを言上す、同年十二月、下總國香取郡の, 先陣にあり、五月七日、忠行天王寺口におゐて、藤堂和泉守高虎か陣の西に, 千五百石の領地をたまはる, 高木正次, 同月七日合戰乃時、敵兵敗走す、, 〔寛永諸家系、圖傳〕三十井上正繼分、記、元和元年、大坂再亂の時、正繼又, 諸家系圖傳, 筑後, 守、, 二十, 井上正繼, 高木正次, 元和元年十月二十三日, 六八

割注

  • 筑後
  • 守、
  • 二十

頭注

  • 井上正繼
  • 高木正次

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  • 元和元年十月二十三日

  • 六八

注記 (24)

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