『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.190

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うへ、逆謀を企るとも、如何樣にも可仕と有しかは、左衞門太夫大聲を上ケ, かりし、又御諚にき、如斯被仰候へ共、汝將軍家へ不足の旨もあらは、歸國の, て泣はかり也、暫有て、本多上野介に問りせ給ひ、左衞門太夫は何と申そと, 國元二三年も休息可有旨被仰けれは、彌福嶋〓にむせひ、御請可申樣もな, 〓を押へ、一言に及へる大名なかりき、兼々諸將後々にき、薨御あらは五三, に及へり、其方無底意段、此度將軍家へ被仰譯、御暇仰るの間、心安く被存、於, 年も國大名在江戸たるへしと各覺語したるか、大度の鈞命に驚入計也、, 之御茶入被遣之、左衞門太夫もしきりに落〓したる、其時上意に、其方事、先, 尋させ給ふ時、大閤以來、少も御疎略に不仕候處、只今の御意情なき御事と, 年何やらん將軍家へ纔者有て、逆心も有之樣ニ被聞召候、依之永の在江戸, 四月十四日比、福島左衞門太夫をめして御暇被下之、御直に爲御遺物名物, 奉存るよし申上と御挨拶仕たれは、最早さつと事濟候、其一言を可被聞召, して、大樹の御下知に隨て參勤すへしと被仰渡、御遺物を被下けれは、各愁, ためと仰あつて、福嶋も退去すと云々、いかなる賢慮成にや, 略、家康、秀忠ニ諸大名ノ氣質ヲ遺言ス, ルコト二カヽル、四月二日ノ條ニ收ム、, 〇, 中, ノ意ヲ試, 家康正則, ト疑ハル, 福島正則, 逆心アリ, 元和二年三月二十九日, 一九〇

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  • 略、家康、秀忠ニ諸大名ノ氣質ヲ遺言ス
  • ルコト二カヽル、四月二日ノ條ニ收ム、

頭注

  • ノ意ヲ試
  • 家康正則
  • ト疑ハル
  • 福島正則
  • 逆心アリ

  • 元和二年三月二十九日

ノンブル

  • 一九〇

注記 (25)

  • 575,621,80,2241うへ、逆謀を企るとも、如何樣にも可仕と有しかは、左衞門太夫大聲を上ケ
  • 694,632,75,2233かりし、又御諚にき、如斯被仰候へ共、汝將軍家へ不足の旨もあらは、歸國の
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