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切ノ出陣ノ時、旗有御所望、登譽被奉進上旗、其時家康公曰、此旗指上候ヘハ, とゝめ參らせ、今一度御戰有くこそ、ともかくもならせ給ふへき由すゝめ, 後詰の樣に皷課したるにより〓、其後用ひ給ひしと〓, 參らせて、白布に此名を書て、御馬の先におしたてゝ、當寺の靈佛九郎本尊, 登譽和尚者、家康公御歸依僧ニテ、一ケ月ノ内ニ五六度充被遊御參會候、大, 譽上人に對面有りて、沒後の事なと頼給ふて、御自害有へかりたるに、上人, 書しるなり、是は一とせ御戰利なかりし時、三州の大樹寺へ入らせられ、登, 提寺、山中の大樹寺登譽上人、僧徒、地下人等を集め、百四五十差て打出て、, 旗指擧出陣アルヘキト云へリ、家康公爲持出陣ノ時、合戰ニ勝利ヲ得給フ, 一厭離穢土の御旗は、清康討れ給ひし時、信秀三州へ亂入をしに、親忠の菩, 敵ハ負味方ハ勝候哉、登譽云、此旗持陣ニ出、可勝トモ可負トモ心ニ無思事, 家康公大樹寺十三代登譽ヘ旗御所望之事, ト云々、三州御在國ノ内ハ、出陣ノ刻毎度被遊御參詣、十念御請被遊候、, 〔紳書〕ニ神祖の御馬印ニ、白五幅の四方に、厭離穢土、欣〓淨土と墨1て, 〔紳書〕, 元和二年四月十七日, 三九七
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- 元和二年四月十七日
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- 三九七
注記 (17)
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