『大日本史料』 12編 24 元和二年二月~同年四月 p.514

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一は用をたしに雪隱へ參り候得は、是又雪隱ニ行か曲事とて、せつかん, も、小僧か申をま〓ゝおもひ、とやつくといわるゝ心からは、とても出家, も聞て、左樣の事共にては、其方居たまりかたくなる事尤也、如何ニ弟子, ニ逢申候、抑かやうの次第ニて、一生も勤まり申物ニて候哉と言を、親と, はとけましたれは、望の〓く、小僧義は其許え返すたし、乍去諸旦那方の, そ出家をとけさせたきと存てさへ、とくるは稀なるに、増てや其方なと, 逢て山々不足申立、小僧を取かへすへしと云、師の坊聞て云やう、惣な沙, 聞まへもあれは、右三ケ條の云分ケをは致すなり、先味噌の摺やうの惡, り習とて参らせ候得共、我等そりならひの事故、時々きかみそりの先の, は無之候、就中けし當り迷惑成事三ケ條有之候、第一ニは師の坊髮をそ, り候に、味噌のすり樣かあしきとて、朝夕ちやうちやくを致され候、第三, 門の勤はむつかしき物なる故、其身をはしめ、ぬたりの親まあも、なにと, 如何やうの事共そやとゝへは、小僧答て云、常々とても是こ〓尤と存儀, に取立たれはとて、先は師の坊し不屆也と立腹し、即時に寺へ行、住持に, 入事も有之て、血なと出候へは、大ニ折檻を致され候、第二ニは味噌をす, 元和二年四月十七日, 五一四

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  • 五一四

注記 (17)

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