『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.382

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て、慰められたり、, 暴君は安堵せるが如し、, 悲の結果なりと考ふることを得べし、, 如く、夜間に外出し、足は血に塗れ、身體は疲勞せり、然れども此苦境にあり, て、彼等の心は盆廣く、且つ彼等の精神は、其常に行へる祝福の奇蹟に依り, 同胞を幇助せん爲め、共同醵金を爲せり、又神聖なる祭儀は殆んど公然に, 行はれ、此恩惠を得、又壓制に對し、保護せられたることは、市民の〓心と、慈, る生活を營めるを見て、深く歎美する所あり、彼等の徳を稱揚し、之が爲め, 教に歸依し、多數の追放者の避難地となれり、住民等は耶蘇基督に於ける, 住民を失ふに至り、帝國の商業は總べて其影響を受けたればなり、, 異教徒等も宣教師の召喚を要求せり、蓋し其追放の爲めに、長崎は二萬の, 叛亂の陰謀なきや否やを偵察せん爲めに、幕府より長崎に派遣せられし, 長崎に於ては、左兵衞の代官權六、教會を復活せしめたり、該市は全く基督, 此間に、又殉教者を出せり、口ノ津にて、一月八日ルイス・ヒサズミ、及びミゲ, 駿河侯は、基督教徒が相集りて祈祷を爲し、又聖教の書を讀みつゝ、平和な, 元和二年八月八日, 復活セシ, 山口直友, 正教會ヲ, 口津ノ殉, 長谷川藤, ノ長崎視, 察, 教者, ム, 元和二年八月八日, 三八二

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  • 復活セシ
  • 山口直友
  • 正教會ヲ
  • 口津ノ殉
  • 長谷川藤
  • ノ長崎視
  • 教者

  • 元和二年八月八日

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  • 三八二

注記 (27)

  • 1575,638,56,492て、慰められたり、
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