『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.517

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與へぬ、, ート一反を與へたり, しぬ、此藤左衞門殿は、我等の業務に對し、多くの便宜を與へ、他人よりも多, 我等の定宿の主人は槍持三名をして、我等を大坂まで送らしめたり、斯く, 十八日, 槍を携へしめしは、夜遲きが爲めなりき、, 良貨十二貫目を受取りたり、鉛の價は百斤七十匁なり、予は彼に贈物をな, 金を貸すべきやを尋ねたり、然るに彼は、業務は其甥權六殿に一任しあり, 予を辭去せしめたり、依て予は其件をそのまゝになし置きて、大坂に歸宿, 予は又イートン君の少女ヘレナに、絹の上著を與へ、其母に、更紗ブランポ, 又予は彼の家に於ける食事代として、百六十匁を拂ひ、其家僕に二十匁を, せり、出發前に定宿の主人藤左衞門殿より、鉛其他商品の引當に兩替せし, く盡力せしのみならず、十貫目を無利子にて予に貸與せしことありき、, と云ひて、予を彼の許に赴かしめんとし、又このジヤンク船に積み來りし, 我等の蘇木全部に對し、百斤二十二匁の割にて、金を予に渡さんと云ひて、, 予は左兵衞殿を訪ひ、彼が約の如く、予に, ○新暦二十八日ニシテ、元, 和二年十月二十日ニ當ル, ヲ求ム, 廣ニ融通, 長谷川藤, こつくす, 元和二年八月二十日, 五一七

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  • ○新暦二十八日ニシテ、元
  • 和二年十月二十日ニ當ル

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  • ヲ求ム
  • 廣ニ融通
  • 長谷川藤
  • こつくす

  • 元和二年八月二十日

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  • 五一七

注記 (24)

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