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然れども國王は、只胡椒を百斤六十匁にて、又バフタ一反を十レアル、バッ, 二十八日, より歸著し、日本の無花果を予に贈り、且貨物を積みし我等の小船が、堺に, を、又我等の通譯に、外套一つを與へられたり、彼は江戸に三四年留るべき, クシャウ一反を九匁、粗布一反を九匁、更紗木綿一反を八匁半、并にマコイ, 旨を語られしが、之に依り、予が數日前記せし如く、殿達が七年間留るべき, 商館に來りて、晝食をなし、悦びて我等の饗應を受けられ、且予に著物一つ, 二十七日, 日或は其翌日、予を來訪すべしと、支那頭人に語られたりと云ふ、, 安著せしことを予に語れり、然れどもイートン君又ウイッカム君よりの, 二羽を、又總右衞門殿より、橙果一籠を予に贈りたり、又トメ殿の子息京都, のケーダー一反を四匁にて望まれたり、而して彼は、京都に赴く以前に、明, の通知あり、依りて予は、準備に全力を盡せり、又支那頭人より調味せし鶴, ことは眞實なるべし、彼の英國商館に入るや、大砲三門を發射し、又其歸る, 書状は齎さゞりき、, 國王より明朝食事に臨むべしと, 平戸王は、武士七八名を隨へて、英國, 年十二月十九日ニ當ル、中略, ○新暦二月六日ニシテ、元和元, 元年十二月二十日ニ當ル, ○新暦二月七日ニシテ、元和, 平戸王は、武士七八名を隨へて、英國, 朝餐ニ招, 英國商館, 入津ス, 松浦隆信, 英船堺ニ, 平戸侯ヲ, ヲ訪フ, こつくす, 視砲, ク, 元和二年雜載, 二八二
割注
- 年十二月十九日ニ當ル、中略
- ○新暦二月六日ニシテ、元和元
- 元年十二月二十日ニ當ル
- ○新暦二月七日ニシテ、元和
- 平戸王は、武士七八名を隨へて、英國
頭注
- 朝餐ニ招
- 英國商館
- 入津ス
- 松浦隆信
- 英船堺ニ
- 平戸侯ヲ
- ヲ訪フ
- こつくす
- 視砲
- ク
柱
- 元和二年雜載
ノンブル
- 二八二
注記 (34)
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