『大日本史料』 12編 26 元和二年雑載~元和三年三月 p.425

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

外人ニ候間、正右衞門所へ押籠たるも可爲定、又正右衞門不屆有、左樣ニい, 徳之ためといふなから、一ツは御奉公ニ御運上高ク持候者を、少之山ニて, 申候て、盜ニほり候事不屆なり、如其之私仕ニ付、山師も隨かへをいたし、れ, ニも可申付なとゝ書物いたし候事、山持候者之儀は不及申、屋形樣天下へ, 五十人ニおよひ、いちれつ立致、此連番をのそき候者をは間として、如何樣, れツ之れん番合點せす、山は天下之御山なり、餘人御運上なすく持候を、自, ちれつたて申者之儀、きうぢなき以前ニ披露仕候はゝ、諸山見せしめ之た, 對しての謀叛人なり、正右衞門山々仕方惡候はゝ、心々ニ山を出、他山へ入, 候共、又商人町人百姓を致候共、其構有間敷所ニ、いちれつ立之儀は、無疑慮, 來り候儀、其身も存候、縱足輕小者以下等、御〓使ニ被遣候共、御〓使來り候, 日二日堪兼ぬう之付候間歩二間三間之内外を、久保田ニ而申請たるよし, 人も七人も成敗ニ申付儀も、半右衞門可爲分別候所ニ、新山出來ニ付、我等, と聞屆候はゝ、五日十日成共、其山之内手入之儀有之間敷所ニ、我等不來、一, めニ候間、五十人ニ爲及者共之くびニなわ之付候り、若又いちれつ之頭五, 致侘言候へはゆるし候、若此上も新役申付候はゝ、何方迄も侘言可申と一, ノ山, 山ハ天下, 元和三年正月十日, 四二五

頭注

  • ノ山
  • 山ハ天下

  • 元和三年正月十日

ノンブル

  • 四二五

注記 (19)

  • 1114,626,69,2213外人ニ候間、正右衞門所へ押籠たるも可爲定、又正右衞門不屆有、左樣ニい
  • 1697,628,69,2216徳之ためといふなから、一ツは御奉公ニ御運上高ク持候者を、少之山ニて
  • 303,616,65,2223申候て、盜ニほり候事不屆なり、如其之私仕ニ付、山師も隨かへをいたし、れ
  • 1463,641,70,2193ニも可申付なとゝ書物いたし候事、山持候者之儀は不及申、屋形樣天下へ
  • 1581,630,70,2217五十人ニおよひ、いちれつ立致、此連番をのそき候者をは間として、如何樣
  • 1811,633,70,2219れツ之れん番合點せす、山は天下之御山なり、餘人御運上なすく持候を、自
  • 999,621,65,2220ちれつたて申者之儀、きうぢなき以前ニ披露仕候はゝ、諸山見せしめ之た
  • 1349,627,68,2215對しての謀叛人なり、正右衞門山々仕方惡候はゝ、心々ニ山を出、他山へ入
  • 1231,622,69,2223候共、又商人町人百姓を致候共、其構有間敷所ニ、いちれつ立之儀は、無疑慮
  • 647,621,68,2217來り候儀、其身も存候、縱足輕小者以下等、御〓使ニ被遣候共、御〓使來り候
  • 418,627,65,2209日二日堪兼ぬう之付候間歩二間三間之内外を、久保田ニ而申請たるよし
  • 764,623,68,2217人も七人も成敗ニ申付儀も、半右衞門可爲分別候所ニ、新山出來ニ付、我等
  • 531,621,66,2199と聞屆候はゝ、五日十日成共、其山之内手入之儀有之間敷所ニ、我等不來、一
  • 882,631,66,2210めニ候間、五十人ニ爲及者共之くびニなわ之付候り、若又いちれつ之頭五
  • 1930,629,65,2195致侘言候へはゆるし候、若此上も新役申付候はゝ、何方迄も侘言可申と一
  • 1802,275,39,77ノ山
  • 1843,270,42,168山ハ天下
  • 206,700,48,344元和三年正月十日
  • 198,2370,47,126四二五

類似アイテム