『大日本史料』 12編 27 元和三年四月~同年八月 p.97

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税椙等、綵畫彫鏤極て精巧を盡す、廟の東に本地堂、西に神輿庫、御供所あり、, 三間餘、中門あり、唐門あり、唐門に長尾山三字の金榜を掲く、すべて門殿の, 一級、階下石鳥居は支封三次君の所建、鳥居の内石階を夾みて、石燈籠三十, の馬場、松原まて御宮下なり、別當松榮寺、境内に居る、藩君在國し給ふ年に, 四臺あり、國老及ひ執政大臣の所獻、山下榜文禁制三ケ條、又下馬榜あり、櫻, 東照大權現在大日谷社領五百石, 門内に石燈籠十臺を置、藩君及ひ支封赤穗侯の建給ひしなり、石階高五十, 十餘間、廟は山の半腹に在て南向なり、本殿、拜殿、石の間あり、四方瑞籬凡廿, 子、宮廟新に成て、祭祀を始給ふ、社領三百石、境内廣袤各四町餘、廟の四方五, 別當, は、九月十六日、十七日祭祀を修め、五十年ことには大祭を行ひ給ひ、神輿廣, 瀬社に神遊し給ふ、儀仗甚盛にして、四方來觀るもの夥し、, 〔因幡志〕, 塔頭吉祥院, 藝藩通志, 唯識院, 興禪君御勸請、于時慶安二年也、祭禮九月十七日、, 〓島府三東照宮府城の東尾長山にあり、慶安元年戊, 元和三年四月十七日, 〕, 十一邑美郡, 神社佛閣, 乾向山東峯寺, 祠廟, 天台宗, 照宮, 因幡ノ東, 照大權現, 廣島ノ東, 九七

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  • 十一邑美郡
  • 神社佛閣
  • 乾向山東峯寺
  • 祠廟
  • 天台宗

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  • 照宮
  • 因幡ノ東
  • 照大權現
  • 廣島ノ東

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  • 九七

注記 (30)

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