『大日本史料』 1編 14 天禄 3年 7月~天延2年3月 p.116

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碑を立つ、撰者は黄檗高泉和尚なり、, 聖觀音空也上人の作、本堂北の脇壇に安置す、朱雀帝の皇妃熙、子の御安産御祷の爲, こゝに供養し、石を建て印とす、今高サ三尺許の瓜のこときなる石社内にあり、これ, 院に屬す、初は山科東野村にありて空也寺と號す、, 〔都名所圖會拾遺〕二西光寺安祥寺の北、松原通の南側にあり、淨土宗知恩, 俵藤太秀郷等將門を滅し、頸を此所に梟しとなり、, 六字名號空也上人の筆、一生涯の中に七幅書給ふ、其一幅なり、, 同石碑立傍、撰者黄檗高泉和尚、, 其頃空也上人寺を建て、空也, 供養の道場と呼ふ、今音聲通し謬りて、膏辻子と地名に呼ふ、空也上人將門の亡靈を, 開基空也上人、中興京師大雲院光譽性愚、, 空也上人廟本堂の北にあり、中に石櫃あり、蓮花を鐫、傳云、遺骨を納む、傍に石, 空也上人, につくりまし〳〵、其願文を腹内に納む、, を神體とす、, 新町通の西四條の南膏辻子にあり、天慶三年, 〔都名所圖會拾遺〕1一, 〔都名所圖會拾遺〕一平將門社新町通の西四條の南膏辻子にあり、天慶三年, 目作、立像, ○中, ○中, 一尺七八寸、, 略, 略, ウ丁日ヿ氏, 出〓目〓, 平將門ノ亡, 空也上人廟, 靈ヲ供養ス, 天祿三年九月十一日, 一一六

割注

  • 目作、立像
  • ○中
  • 一尺七八寸、
  • ウ丁日ヿ氏
  • 出〓目〓

頭注

  • 平將門ノ亡
  • 空也上人廟
  • 靈ヲ供養ス

  • 天祿三年九月十一日

ノンブル

  • 一一六

注記 (31)

  • 1214,580,55,937碑を立つ、撰者は黄檗高泉和尚なり、
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