『大日本史料』 12編 27 元和三年四月~同年八月 p.461

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四郎某、石川三藏某、永田藤藏兵衞某等なり、慶長二年、千姫君生誕のとき、, 二月、台徳院殿洛にのほらせ壹まふのとき扈從し、後大坂兩度の御陣に, は、江戸の御留守居となり、諸事をあつかりきく、元和三年七月二十一日、, 越を轉じ、上野國厩橋城にうにされ、加恩ありて三萬三千石を領す、十年, 厩橋にをいて卒す、年六十九、源英傑叟龍海院と號す、乃ちあらためて脩, 蟇目の役をにとめ、五年、上杉景勝御征伐のとたしたらひたくまつり、下, 還しく上方え御進發あり、九月、關原の合戰に供奉し、逆徒敗北乃ゝち、大, 宇野左馬之助爲勝、大田左馬之助某、石川半三郎某、佐橋亂之助某、村井源, ちかくめされ、大津城を守衞すへきむ〓仰をかうふる、六年三月三日、河, 佐重、大橋角左衞門某、都筑清十郎宗純、大田無右衞門某、椋原與喜之助某, 野國小山にいたる、このとき石田三成等叛逆のきこ第あるにより、軍を, せらる、所謂山田金助重雄、大橋海老介重庫、松崎左平正義、松平孫三郎康, 山助兵衞某、倉橋半四郎勝重、大田樂大夫吉勝、和田七内義次、松崎善兵衞, 坂におもむりせたまふの路次、藤森にをいる、重忠をよび弟忠利を御駕, 久、天野彌兵衞眞重、酒井長藏某、酒井八郎右衞門正信、鳥居新九郎吉頼、外, 元和三年七月二十一日, 大坂役ニ, 江戸ヲ留, 城ニ移封, 上野厩橋, 守ス, 屬セラル, 元和三年七月二十一日, 四六一

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  • 大坂役ニ
  • 江戸ヲ留
  • 城ニ移封
  • 上野厩橋
  • 守ス
  • 屬セラル

  • 元和三年七月二十一日

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  • 四六一

注記 (24)

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