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各所古刀劍圖一帖寫, 由を記せり、其十二種は首に肥前國七郎宮の寶物佩刀の圖を載、七郎は仲哀帝の朝の人, 號となすといへとも、序尾河倉亭の字恐らくは誤ならんか、卷末川合の字に照應すれは、, の出る多く越後國にして其地名をのせたれは考古の一助となすへし、, にて皇弟十城別尊につかへ、韓國に陪從せしものといふ、其廟は今平戸治城の街中にあ, 諸社奉納せし古刀、或は土中より掘出せし所の古劍等十二種の圖にして、其寸尺大小來, 山赤穗屋朴助所携來、越後高田板橋村川合平左衞門藏本也、寛政十二年六月廿二日寫畢, 文晁としるす、是文晁本を謄寫せるなるへし、此圖地理にあつからすといへとも、玉石, みなその藏物たり、自序を案するに、某好古の癖ありて玉石すへて千餘品を藏む、且某, 川合某撰、寛政十年あらはす所にして、曲玉管玉等すへて、五十餘品着色して是を圖す、, 河倉は川合の訛にして、亭は亨或享の訛り、平左衞門か名なるへし、卷末に此卷備前岡, は俗稱を平左衞門とよひ、號を倉亭といふ、越後國頸城郡板橋村の人なり、按るに序尾, 河倉亭としるし、卷末河合平左衞門としるせるをもて、こゝに斷して倉亭を平左衞門か, りとて事實の大略をのせ、それより南部本誓寺什物太刀の圖、厨川より出る所なりとい, ニ藏スル古刀, 劍等十二種ノ, 川合某ノ藏ス, 出土或ハ社寺, 寛政十年, ル玉石ノ着色, 川合某撰, 圖譜, 年ノ文晁識語, 玉石ノ出土地, 越後ニ多シ, 卷末寛政十二, 圖, 編脩地誌備用典籍解題卷之三, 三七八
頭注
- ニ藏スル古刀
- 劍等十二種ノ
- 川合某ノ藏ス
- 出土或ハ社寺
- 寛政十年
- ル玉石ノ着色
- 川合某撰
- 圖譜
- 年ノ文晁識語
- 玉石ノ出土地
- 越後ニ多シ
- 卷末寛政十二
- 圖
柱
- 編脩地誌備用典籍解題卷之三
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- 三七八
注記 (29)
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