『大日本史料』 12編 27 元和三年四月~同年八月 p.883

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三十挺、黄毛筆二百柄、白紙三十卷を獻じ、拜禮をとぐ、のち大略これに准じ、, 國を發す、柳川調興もこれにしたがふ、七月二十一日、, て、天下一に歸せり、朝鮮信使をして來り賀せしむへしやと言上す、台徳院, 稱す、三年三月十七日、あらためて從五位下侍從に敍任し、二十二日、從四位, 殿御氣色斜ならず、伴ひ來るべきよし仰をかうぶり、このとき侍從に任ぜ, 下に昇る、是年朝鮮の正使通政大夫呉允謙、副使通訓大夫朴樺、從事通訓大, 物鷹五十連、虎皮三十張、豹皮三十張、人參二一日斤、金〓三十卷、花診絹五十疋、, おはします、八月二十六日、義成三使を伴ひ城に登り、三使國書をさゝげ、方, 京師に至, 應對すべきむね恩命あり、家臣柳川調興も五位の諸大夫となり、豐前守と, られ、且信使汝が封國に至らんとき、たとひ參内を經すとも、衣冠を著して, 帽段百疋、白苧布五十疋、白紬五十疋、黒麻布二十疋、花蓆二十卷、青皮十枚、墨, り、紫野大徳寺乃天瑞、〓見兩寺に館す、時に台徳院殿上洛ありて、伏見城に, 夫李景稷來朝して、天下一統を賀したてまつる、義成三使をともなひ、對馬, 宗義成, リ、拜禮ス、獻物アリ、, 〔寛政重修諸家譜〕, 是年、義成參覲し、今殿下神武にし, 寛永系圖八, 月廿一日, 五百, 對馬, 守、, 宗義成朝, テ天下一, 鮮ニ諭シ, 統ノコト, ヲ賀セシ, 元和三年八月二十六日, 八八三

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  • 寛永系圖八
  • 月廿一日
  • 五百
  • 對馬
  • 守、

頭注

  • 宗義成朝
  • テ天下一
  • 鮮ニ諭シ
  • 統ノコト
  • ヲ賀セシ

  • 元和三年八月二十六日

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  • 八八三

注記 (30)

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