『大日本古文書』 伊達家文書 10 伊達家文書之十 p.587

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a〓たり、楚天呂もともに同船して本邦にワたり、南蠻よ〓の返翰をたてまつらんと欲す, 恩賜をら、九月先にめし預をら〓し清水丹後景治死せしにより、〓の子長左衞門某を, の御刀、志津乃御脇指、馬一疋、時服百領、白銀二千枚を〓まひ、女子等に綿二百把、白銀百枚, 五郎左衞門長重朽木牧齋元綱等陪從す、こ乃日散樂台覽あり、政宗に元重乃御太刀、貞宗, 政宗よりも太刀一腰、馬一疋、白銀五百枚、猩々緋の羅紗十間、〓子五十卷を献す、寛永元年, におシむく、十二月二十日政宗か邸に渡御、水戸頼房卿豫參あり、けきに火災に罹なによ, とき、いまた喪にあおつゆへ、御供の列にあらす、十月二十四日仰によりて府中乃御鷹場, とい〓とも、耶蘇乃徒せか〓く禁せらるゝのよし、呂宋にしてこりをきゝ、まつはゝか〓, こしめされ、大猷院殿より、井上主計頭正就を御使に下され、政宗喪にをなといたとも, る、七年三月郎宅延燒をるにより、政宗に白銀一万千六百枚を賜ひ、忠宗に四千六百五十, をたまふ、政宗よりも豐後行平の太刀、光忠乃刀、國次の脇指、小袖百領、虎乃皮十枚、鞍を〓, ゝ名乃とこあ、けの志御感におふしめさなとい〓とも、政宗參府すおにをいては、普請乃, り、新に造るところの數寄屋にをいて點茶を献す、終ず、散樂を御覽あり、こ乃日御太刀一, 二月二十日大猷院殿はしめず居邸にりたらせ〓まひ、駿河大納言忠長卿をよひ丹羽, む〓、土井利勝に就て言上にをよふ、十月石壘の普請功成により、男忠宗をはしめ、その事, らる、九年台徳院殿大猷院殿乃御上洛に扈從す、八月母卒去をし訃音あ〓しことをき, 精進をとく〓しとて、鶴一羽をよひ一種をたまふ、六日將軍宣下御拜賀として御參内の, 枚を〓まふ、八年正月二十二日、上使もて御鷹乃鶴をたまひ、三月九日内藤外記正重戍し, 腰、馬一疋、繻珍百端、白銀千枚を〓たひ、女子等にも、白銀をよひ唐織乃夜衣をかつけらる, て高麗鶴二羽、大樽二荷を拜賜す、十月歸國のいとヌをたりひ、〓堂墨跡乃掛幅を恩賜せ, 御諚あり、九月二十三日、けきに楚天呂に副て、南蠻に法かはせしところの家臣等かへ, 場に渡御あり、其後もしは〳〵入せとまひて、男忠宗及ひ成實等戌御前にめされて、忝き, にあつかる家臣等にものをずまひ、十一月二十一日御書を下され、速に成し〓戍賞せら, お馬二疋、白銀千枚を献す、七月男忠宗仰によてず越前守にあらためし事を謝し〓てま, 御書を下さよ、これよりさき、府にある乃とき、御みつから銘を書せ〓たひて、伽羅一包を, つり、使をもつて台徳院殿に三色乃紙を献するにより、二十三日喜ひお不しめすの旨, て彼地に滯留せり、こ乃事ゆるざるゝにをいなは、來年呂宋より渡海すへき乃よし申の, 〓さるのむ〓、仰下されしかは、五月家臣伊達安房成實をしな參府をしむ、六月十日普請, 事を奉はりなから暇〓〓は〓し輩もま〓これそならぬへきかゆへに、其意にまかせら, 附録, 五八七

  • 附録

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  • 五八七

注記 (31)

  • 1633,772,54,2113a〓たり、楚天呂もともに同船して本邦にワたり、南蠻よ〓の返翰をたてまつらんと欲す
  • 277,771,55,2123恩賜をら、九月先にめし預をら〓し清水丹後景治死せしにより、〓の子長左衞門某を
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