『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.477

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

しこ流浪せしむるゆへに、くはし幾事はそんしすかまつらず、まさ手て, ひに關原の陣に供奉す、幼年より大權現の御膳番をつとむ、慶長八年の, り、大坂の城西の丸におゐて、東照大權現に拜〓しとてまつる時、重勝が, の嚴命をかうぬる、これによりて、慶長五年の春、正成十三歳にして、榊原, 先祖の事をとはせたまふ、重勝言上したてまつりていはく、それろしは, 式部太輔康政の奏者をもつて、大權現に〓しとてまつり、今年小山なら, 春、正成十六歳にして、從五位下に敍せられ、信濃守に任す、同九年四月五, 尾州の住人九十郎といふものゝ孫也、幼少のときより孤とれり、こゝろ, たす、ま〓にこま當家譜代のものなり、汝子あらば、めしずろはるべきと, 仰にいはく、汝が祖父九十郎は、尾州愛智郡高圃の城をまもり、忠節をい, 〓ヽ天正六年八月十一日、重勝やしなひて子とす、重勝越後の國よりきた, 正成越前の北庄に生る、實は堀秀政が七男なり、, 重勝, -正成, 重直, 元和四年六月二十二日, 政ノ七男ト爲スハ誤ナ, ○本書、正成ニ作リ、又秀, 七郎太郎、のち, 衞門, 信濃守と號す, 織部、, 四郎右, 元和四年六月二十二日, 四七七

割注

  • 政ノ七男ト爲スハ誤ナ
  • ○本書、正成ニ作リ、又秀
  • 七郎太郎、のち
  • 衞門
  • 信濃守と號す
  • 織部、
  • 四郎右

  • 元和四年六月二十二日

ノンブル

  • 四七七

注記 (25)

  • 948,712,64,2120しこ流浪せしむるゆへに、くはし幾事はそんしすかまつらず、まさ手て
  • 379,715,67,2121ひに關原の陣に供奉す、幼年より大權現の御膳番をつとむ、慶長八年の
  • 1294,711,65,2124り、大坂の城西の丸におゐて、東照大權現に拜〓しとてまつる時、重勝が
  • 602,712,70,2127の嚴命をかうぬる、これによりて、慶長五年の春、正成十三歳にして、榊原
  • 1179,712,64,2111先祖の事をとはせたまふ、重勝言上したてまつりていはく、それろしは
  • 488,709,68,2126式部太輔康政の奏者をもつて、大權現に〓しとてまつり、今年小山なら
  • 266,709,67,2118春、正成十六歳にして、從五位下に敍せられ、信濃守に任す、同九年四月五
  • 1063,709,65,2119尾州の住人九十郎といふものゝ孫也、幼少のときより孤とれり、こゝろ
  • 724,713,63,2123たす、ま〓にこま當家譜代のものなり、汝子あらば、めしずろはるべきと
  • 838,709,65,2123仰にいはく、汝が祖父九十郎は、尾州愛智郡高圃の城をまもり、忠節をい
  • 1410,726,67,2117〓ヽ天正六年八月十一日、重勝やしなひて子とす、重勝越後の國よりきた
  • 1514,645,69,1508正成越前の北庄に生る、實は堀秀政が七男なり、
  • 1890,639,56,130重勝
  • 1765,607,55,160-正成
  • 1644,640,55,119重直
  • 173,704,46,425元和四年六月二十二日
  • 1504,2159,44,672政ノ七男ト爲スハ誤ナ
  • 1547,2162,43,675○本書、正成ニ作リ、又秀
  • 1804,793,39,399七郎太郎、のち
  • 1875,790,42,120衞門
  • 1751,790,40,410信濃守と號す
  • 1670,788,47,125織部、
  • 1932,795,37,184四郎右
  • 173,704,46,425元和四年六月二十二日
  • 167,2376,43,125四七七

類似アイテム