『大日本史料』 12編 29 元和四年正月~同年十二月 p.652

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より先に見付けて、親切なる言葉を交はしたり、, 著を記せる書状を彼に託送せり、, かくて本日は八リーグ進み、金谷に宿泊したり、, 晝食し、食費十四匁、傭人に錢二百文を與へたり, 二十六日, 又途中主馬殿の跛なる家僕に逢ひ、彼の懇願によりて、錢三百文を與へた, り、又長崎奉行權六殿の江戸より下れるに逢へり、彼等は、予が彼を認むる, 此地にて、一支那人の江戸より下れるに逢ひ、彼に、支那頭人アンドレヤ・ヂ, 來りて、彼等の爲めに請ふ所あり、これ若し予にして告訴せんか、彼等の生, 此所にて、食料三十二匁九分、傭人に錢三百文を拂へり、, チス、エドモンド・セーヤー及びジョン・オステルウィック宛、予の當地到, 二十七日, 皇帝の叔父の住する掛川なる町にて, 命を失ふ事をよく知れるを以てなり、, 雨天、夜に入りて暴風あり、, 我等は大河を渡り、藤枝にて晝食し、食料十三匁、傭人に錢二百文を拂へり、, ○掛川ハ安藤直次ノ城下, 和四年八月十九日ニ當〃, ナリ、本書、皇帝ノ叔父ノ住, ○新暦十月六日ニシテ、元, 和四年八月十八日ニ當ル, ○新暦十月七日ニシテ、元, 所トナスハ, 誤ナラン, ヨリ長崎, 長谷川藤, ニ下向ス, 正ノ江戸, ルニ逢フ, 金谷, 暴風, 元和四年九月是月, 六五二

割注

  • ○掛川ハ安藤直次ノ城下
  • 和四年八月十九日ニ當〃
  • ナリ、本書、皇帝ノ叔父ノ住
  • ○新暦十月六日ニシテ、元
  • 和四年八月十八日ニ當ル
  • ○新暦十月七日ニシテ、元
  • 所トナスハ
  • 誤ナラン

頭注

  • ヨリ長崎
  • 長谷川藤
  • ニ下向ス
  • 正ノ江戸
  • ルニ逢フ
  • 金谷
  • 暴風

  • 元和四年九月是月

ノンブル

  • 六五二

注記 (33)

  • 963,638,63,1434より先に見付けて、親切なる言葉を交はしたり、
  • 502,632,60,1004著を記せる書状を彼に託送せり、
  • 848,644,64,1423かくて本日は八リーグ進み、金谷に宿泊したり、
  • 1423,637,65,1422晝食し、食費十四匁、傭人に錢二百文を與へたり
  • 1538,643,55,259二十六日
  • 1193,637,68,2207又途中主馬殿の跛なる家僕に逢ひ、彼の懇願によりて、錢三百文を與へた
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