『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.555

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くして、諸軍見えす、ねがはくは高地にうつしたまへと、大權現よろこび, 給ひそ、守綱が指圖にまろせ給ひ、御本陣を高地にうつさしめらを、爰に, 坂田郡にをひて、千石を加賜、此外同心三十騎の領知六千石、遠州榛原郡, をひそ〓まぎらうに陣中の動靜を察し、敵軍皆敗る、天下一統の後、江州, の亂をこを、義直卿出陣、守綱父子先手の將となを、同二十年夏、大坂また, 原合戰のとき、足輕をひきひそ御旗本に有、守綱進そいはく、此陣地ひき, 山に陣とな、時に上方蜂起す、大權現御進發あり、同五年九月十五日、關ケ, をしそ、先手に在しむ、元和六年四月九日、尾州名護屋こをひて死す、歳七, ざを事あらば、歸り來るべしとなり、是によりそ、參州賀茂郡にをひそ、五, し、前後の領地すべそ一万四千石、足輕もまた元のごとし、同十九年大坂, 千石の地を給ふ、又尾州にをひて、五千石を領す、武州江州の領地元の〓, 重綱父子、義直卿に屬すたきのよし仰下さな、もし義直卿の心にかなは, をこな、大權現〓に命して、守綱をして、義直卿のかたはらにをき、子重綱, にをひそたまふ、同十五年、彦坂九兵衞をもつて御使としそ、守綱をよび, 十人をくはへ預ら多、すべて百人なり、此足輕をひきひて供奉し、野州小, 徳川義利, ニ附屬ス, 一萬四千, 石ヲ領ス, 大坂ノ役, 關原ノ戰, 元和六年四月九日, 五五五

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  • 徳川義利
  • ニ附屬ス
  • 一萬四千
  • 石ヲ領ス
  • 大坂ノ役
  • 關原ノ戰

  • 元和六年四月九日

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  • 五五五

注記 (23)

  • 1521,705,59,2095くして、諸軍見えす、ねがはくは高地にうつしたまへと、大權現よろこび
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