Loading…
要素
頭注ノンブル
OCR テキスト
くして、諸軍見えす、ねがはくは高地にうつしたまへと、大權現よろこび, 給ひそ、守綱が指圖にまろせ給ひ、御本陣を高地にうつさしめらを、爰に, 坂田郡にをひて、千石を加賜、此外同心三十騎の領知六千石、遠州榛原郡, をひそ〓まぎらうに陣中の動靜を察し、敵軍皆敗る、天下一統の後、江州, の亂をこを、義直卿出陣、守綱父子先手の將となを、同二十年夏、大坂また, 原合戰のとき、足輕をひきひそ御旗本に有、守綱進そいはく、此陣地ひき, 山に陣とな、時に上方蜂起す、大權現御進發あり、同五年九月十五日、關ケ, をしそ、先手に在しむ、元和六年四月九日、尾州名護屋こをひて死す、歳七, ざを事あらば、歸り來るべしとなり、是によりそ、參州賀茂郡にをひそ、五, し、前後の領地すべそ一万四千石、足輕もまた元のごとし、同十九年大坂, 千石の地を給ふ、又尾州にをひて、五千石を領す、武州江州の領地元の〓, 重綱父子、義直卿に屬すたきのよし仰下さな、もし義直卿の心にかなは, をこな、大權現〓に命して、守綱をして、義直卿のかたはらにをき、子重綱, にをひそたまふ、同十五年、彦坂九兵衞をもつて御使としそ、守綱をよび, 十人をくはへ預ら多、すべて百人なり、此足輕をひきひて供奉し、野州小, 徳川義利, ニ附屬ス, 一萬四千, 石ヲ領ス, 大坂ノ役, 關原ノ戰, 元和六年四月九日, 五五五
頭注
- 徳川義利
- ニ附屬ス
- 一萬四千
- 石ヲ領ス
- 大坂ノ役
- 關原ノ戰
柱
- 元和六年四月九日
ノンブル
- 五五五
注記 (23)
- 1521,705,59,2095くして、諸軍見えす、ねがはくは高地にうつしたまへと、大權現よろこび
- 1400,702,58,2104給ひそ、守綱が指圖にまろせ給ひ、御本陣を高地にうつさしめらを、爰に
- 1174,704,62,2103坂田郡にをひて、千石を加賜、此外同心三十騎の領知六千石、遠州榛原郡
- 1289,710,59,2099をひそ〓まぎらうに陣中の動靜を察し、敵軍皆敗る、天下一統の後、江州
- 478,720,60,2094の亂をこを、義直卿出陣、守綱父子先手の將となを、同二十年夏、大坂また
- 1632,701,59,2102原合戰のとき、足輕をひきひそ御旗本に有、守綱進そいはく、此陣地ひき
- 1746,701,59,2096山に陣とな、時に上方蜂起す、大權現御進發あり、同五年九月十五日、關ケ
- 253,721,59,2091をしそ、先手に在しむ、元和六年四月九日、尾州名護屋こをひて死す、歳七
- 828,711,60,2098ざを事あらば、歸り來るべしとなり、是によりそ、參州賀茂郡にをひそ、五
- 595,714,61,2101し、前後の領地すべそ一万四千石、足輕もまた元のごとし、同十九年大坂
- 713,710,60,2099千石の地を給ふ、又尾州にをひて、五千石を領す、武州江州の領地元の〓
- 939,708,59,2095重綱父子、義直卿に屬すたきのよし仰下さな、もし義直卿の心にかなは
- 365,717,60,2098をこな、大權現〓に命して、守綱をして、義直卿のかたはらにをき、子重綱
- 1061,709,60,2097にをひそたまふ、同十五年、彦坂九兵衞をもつて御使としそ、守綱をよび
- 1859,702,59,2094十人をくはへ預ら多、すべて百人なり、此足輕をひきひて供奉し、野州小
- 1077,286,41,166徳川義利
- 1036,295,37,148ニ附屬ス
- 623,305,41,151一萬四千
- 578,294,40,157石ヲ領ス
- 526,294,45,164大坂ノ役
- 1749,280,42,167關原ノ戰
- 149,717,46,336元和六年四月九日
- 152,2413,45,115五五五







