『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.548

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敵來る時、名乘かけ出、山下八郎三郎を討そ、首を懸、米津もまた高名あり、, し、是皆半藏一人が槍をもつそなり、一人をもつそ數十人をたすく、是に, る、時に蜂屋來りすくふ、敵是を逐來る、此とき、松山宮内をしそ、鐵炮をは, 旗の來るを見そとゞまり、敵の來るを待、守綱も、おなしくかしこにあり、, 引退時、近藤傳次郎疵を蒙そ退事あたはず、諸人こもをたすく〓〓を得, 合すを事三度、其後二人は見えす、守綱返合事十度、槍を合す易〓三度な, ず、守綱肩にかけ引退、敵來なときは是をはらひ、五六十町を〓そ御油に, よりて、世人、槍半藏と號す、三州小坂井合戰の時、さきがけしそ高名あり、, たはからるゝ事を知そ、かけ出、槍を合、堤の上の横槍に逢て、疵をかうふ, なたしめて、敵二人をうちたをす、平岩七之助もまた兵をひきひて來る、, まはく、先手敗北のとき、一方の軍士五六十騎うたま、一方の士卒は恙な, 大權現、兵をすゝめて、板倉を討て、大に勝給ひ、首實檢の時、大權現ののた, り、時に矢田作十郎、足痛そ退事あたはず、守綱これをたすく、米津藤藏御, 至る、同六年、又小坂井軍の時、先陣を心がく、蜂屋半丞、守綱をとゞむ、守綱, かるかゆへに、ともにしりぞく、同年冬、三州一向宗一揆をこる、時に守綱, 元和六年四月九日, 殿戰ノ功, 槍半藏ト, 呼バル, 井ノ戰, ヲ賞ス, 家康守綱, 三河小坂, 向一揆, ニ與ス, 五四八

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  • 殿戰ノ功
  • 槍半藏ト
  • 呼バル
  • 井ノ戰
  • ヲ賞ス
  • 家康守綱
  • 三河小坂
  • 向一揆
  • ニ與ス

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  • 五四八

注記 (26)

  • 1467,694,68,2107敵來る時、名乘かけ出、山下八郎三郎を討そ、首を懸、米津もまた高名あり、
  • 1119,699,68,2087し、是皆半藏一人が槍をもつそなり、一人をもつそ數十人をたすく、是に
  • 426,703,63,2088る、時に蜂屋來りすくふ、敵是を逐來る、此とき、松山宮内をしそ、鐵炮をは
  • 1581,693,65,2106旗の來るを見そとゞまり、敵の來るを待、守綱も、おなしくかしこにあり、
  • 886,696,64,2094引退時、近藤傳次郎疵を蒙そ退事あたはず、諸人こもをたすく〓〓を得
  • 1806,692,65,2098合すを事三度、其後二人は見えす、守綱返合事十度、槍を合す易〓三度な
  • 775,693,62,2096ず、守綱肩にかけ引退、敵來なときは是をはらひ、五六十町を〓そ御油に
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  • 1234,695,65,2093まはく、先手敗北のとき、一方の軍士五六十騎うたま、一方の士卒は恙な
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  • 946,283,41,157三河小坂
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