『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.550

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きよしの仰をかうふる、守綱謹て台命をうけ、即日に〓見したそまつり、, さる、此時守綱、槍をもつて、船中の兵七人をつく、元龜元年、大權現、信長を, て、今川氏眞と御合戰、敵軍敗北の時、槍をもつそ一人を〓すてゝ、城門に, 至る、此とき城中聲をあげて、切そいてんとするに似たり、味方是を聞そ, 名乘そかけ出、半丞、鉄炮をもつそ又四郎をうつ、又四郎疵をかうふつそ, 退、守綱槍をもつて十内をたきふす、平六其首をとに、半丞、助大夫は、孫左, 衞門と切合、守綱槍をもつそ孫左衞門をぽき伏、一揆等赦免をかうふを, 後又國政にをひそ、三十貫をくはへたまふ、永祿十二年、遠州掛川にをひ, に命じて、是をふせがしむ、時に御旗本より、守綱をもつそ、加勢につかは, 父の家督をたまはり、參州浦部村の内貞國にをひて、百貫の地を領す、其, 時に、大權現、平岩善十郎を御使として、前非を改てたつへたそまつるべ, 敗走す、守綱一人ふみとゝまりて敵を相待所に、高見彌平次返し來る、し, かれとも敵終に出ず、かるがゆへに相共にしりそく、同年、今川與黨の舟、, 伏、この時針崎より蜂屋半丞、筧助大夫、渡邊平六等、伏所に至に、時に伏兵, 遠州懸塚の湊に著、大權現、榊原小平太、大須賀五郎左衞門、鳥居彦右衞門, 元和六年四月九日, 康ノ旗本, 遠江懸川, 守綱ハ家, ノ戰, 赦免, 元和六年四月九日, 五五〇

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  • 康ノ旗本
  • 遠江懸川
  • 守綱ハ家
  • ノ戰
  • 赦免

  • 元和六年四月九日

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  • 五五〇

注記 (23)

  • 1242,712,59,2116きよしの仰をかうふる、守綱謹て台命をうけ、即日に〓見したそまつり、
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