『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.103

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しとの確信を抱きて、主の年なる一六二〇年六月五日, せり、同月二十八日, 本人等が自國の港を提供して、交易を行ふ和蘭人等なることを知るに及, びて、之に近付くも妨なしとせり、然れども修道士等にとりては、極めて不, 東北風を得て、遂にマカオに到著するを得たり、七月二日、, 利なれば、彼等は之に近付くことを欲せざりしが、同船は日本人の所有に, を得たり、此の島の近海に於いて、一艘の帆船の追跡し來るを認めしが、日, 船に迎へたり〔兩人の壯絶なる殉教に就きては、別に記述す〕此の如き聖な, を距る島嶼に達せり、此處にて、既に缺乏を告げし飮料水と薪とを求むる, 聖アウグスティン派のフライ・ペドロ・デ・ツニガなる二人の修道士を其の, カオの港を出發し、大支那の近海を海岸に沿ひて航行し、遂に順風を得て、, る伴侶を得て、彼は大いに滿足し、其の爲めに必ず安穩なる航海をなすべ, 前日、〓如北風に襲はれしかば、已むを得ず船荷を輕減し、箱類を海に投じ、, 糧食を破棄せり、それより航路を變じ、針路を交趾支那に取りしも、其の後, 日本に針路をとり、マグダレナの日、エルモサ島と呼ぶ、日本より百レグワ, 出發, 即ち聖徒聖ペドロ及び聖パブロ祭の, ○元和六年五, 月五日ニ當ル, ○元和六年六, 月三日ニ當ル, ○元和六年五月, 二十八日ニ當ル、, まかおニ, 著ス, 臺灣ニ寄, 港ス, まにらヲ, 出發ス, 元和六年七月六日, 一〇三

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  • ○元和六年五
  • 月五日ニ當ル
  • ○元和六年六
  • 月三日ニ當ル
  • ○元和六年五月
  • 二十八日ニ當ル、

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  • まかおニ
  • 著ス
  • 臺灣ニ寄
  • 港ス
  • まにらヲ
  • 出發ス

  • 元和六年七月六日

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  • 一〇三

注記 (31)

  • 1558,632,69,1610しとの確信を抱きて、主の年なる一六二〇年六月五日
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