『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.302

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さは、小き釣舟乃一つ二つ、遠乃霧間に幽にみゆる、いつしか、近くよりくる, まゝに、數多く成てみゆ、由井乃海邊を行は、潮汲運ふ白水郎子乃、濱ならし, ゝしく朝立て出、, まゝに、竹編る扉を開て、何となく海ほ〓をなりむれは、東舩西舩悄無言、只, 業峨〓〓、千岑〓萬岫、絶頂分爲八稜、積雪不斷、常無熱惱、雖西乾檀特東震, 他もうらぬれきぬれは、蘆〓きる屋にすゝろに一夜をあかしり、ふられぬ, や、あなうの浪の聲やと、暫くうちたゆみて、夢みる心ちもさぬに、又あはま, 珍に、明日も來て見まほし、田子乃浦を見遣は、西烏漸十、東兎微白たり、我も, 長浦秋月白をみる、互に思沈ず、かきりなく遠も來御るかな、あな戀しの都, 掌握中焉、幽遐瓊奇之景〓、不可勝計、凡富士爲山也、于駿于甲于豆、蓄峻趾而, 十日、富士乃河門の舩呼して、吉原、浮嶋原を過れは、青天雲霽、萬似士峯只在, 泰嵩不可相左右、中央些蛔哈呀靈液湧淑靄扇其一〓氣升霄間且擧且裏、誠, するうき身の態、いと〓なきに、ほけのをくしもさゝて、呼聲合なと、いと長, 希代之壯觀也、昔年孝安皇帝時に、此國乃東南に當ず、雲霧俄に起、地乃震事, 富士山, 田子浦, 元和六年九月十四日, 三〇二

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  • 富士山
  • 田子浦

  • 元和六年九月十四日

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  • 三〇二

注記 (18)

  • 1809,655,69,2175さは、小き釣舟乃一つ二つ、遠乃霧間に幽にみゆる、いつしか、近くよりくる
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