『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.104

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來せずんば、城をわたすへからすといつて、すなはち籠城のこゝろざしあるよしをきゝ、, 沙汰し、八月下旬、伏見に歸る、同年十月、上州高崎にて御加増をたまはつて、都合五万六, はして、城をわたすへきよしをつぐ、時に風聞しけるは、城中留守の家臣等、正則が書状到, 重信、諸勢を引ゐて是をせめんとせし所に、正則書をはせて、城をわたすべきのむねを、留, 守の家臣等につく、是に依て、事故なく城を請とる、其後重信、廿餘日廣島に在て、國務を, 千石餘を領す、同七年六月廿九日死去、年六十五、法名良善、, 安藤, 安藤, 元和七年六月二十九日, 〔寛政重修諸家譜〕, 安藤對馬守信成か祖、, 〔寛政重修諸家譜〕, 十四, 十三, 千百, 彦十郎、五左衞門、, 千百, 對馬守、從五位下、, 女子母は某氏、本多藤四郎某か妻、, 重信, -女子母は某氏、松平右近將監成重か室、, ニ移封セラ, 上野高崎城, 法名, ル, 〔寛政重修諸家譜〕, 一〇四

割注

  • 十四
  • 十三
  • 千百
  • 彦十郎、五左衞門、
  • 對馬守、從五位下、
  • 女子母は某氏、本多藤四郎某か妻、
  • 重信
  • -女子母は某氏、松平右近將監成重か室、

頭注

  • ニ移封セラ
  • 上野高崎城
  • 法名

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  • 〔寛政重修諸家譜〕

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  • 一〇四

注記 (27)

  • 1653,636,62,2173來せずんば、城をわたすへからすといつて、すなはち籠城のこゝろざしあるよしをきゝ、
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