『大日本史料』 11編 22 天正13年11月21日 p.147

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き、本多作左衞門をもつて時勝にそへられ、岡崎の城の留守をつとむ、, 重か名を書してたまはる、, 成重十二年十二月、豐臣太閤と御和睦のとき、秀康卿にしたかひ人質となりて京師に, 状をたまひ、且重次すてに老年に及ひたれは、後證の爲にせよとおほせありて、男成, おもむき、十三年、父かはからひによりて濱松にかへり、十二月八日、御前にをいて, 〔寛永諸家系圖傳〕, ついてこれをつく、時勝とく走りおもむき城中をみる、ときに伯耆守すでに城中を出、, 殘るところの雜兵諸具をとゞめえて、かたく城をまもる、これによりて小田原御陣のと, さきに預らるゝものともまて永く家に傳へ、麁略なく取立、忠勤を抽すへきむね御感, の面目これにすきしと言上しけれは、はなはた御旨にかなひ、十二月八日、采地及ひ, 元服し、おほせによりて丹下にあらたむ、, 天正年中、石川伯耆守、三州岡崎より上方におもむくとき、岡崎の城番のもの急に鐘を, せらる、この城は御家御代々基を開きたまひし地なりしを、あつけたまはること弓箭, 〔寛政重修諸家譜〕, 杉浦時勝, 杉浦時勝, 五百二, 十五, 六十, 四, 家康ノ御前, ニ元服ス, 驅ケ付ケテ, 杉浦時勝, 處置ヲナス, 天正十三年十一月十三日, 一四七

割注

  • 五百二
  • 十五
  • 六十

頭注

  • 家康ノ御前
  • ニ元服ス
  • 驅ケ付ケテ
  • 杉浦時勝
  • 處置ヲナス

  • 天正十三年十一月十三日

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  • 一四七

注記 (27)

  • 444,617,59,1803き、本多作左衞門をもつて時勝にそへられ、岡崎の城の留守をつとむ、
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