『大日本史料』 12編 38 元和七年六月~同年十一月 p.350

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廿九日、曉天睛、風はまたあらいのさとを出て、夜深、白須賀の里を通る、, 小坂あるによりて、小坂井なりとかたる、そこを行過て、五位のさとに至る、東地に里の名多, はる〳〵のみちをも來ぬる事よとおもひて、, て、京へといふ程に、そこを過て、橋をわたりて、小さかいと云所に至る、友とする人の中に、, なしけれとも、所からはにす、是はま〓に小さかいなりと戯けれは、里人聞て、此里のはしに, 三河のくにといふ、そこをゆきて里あり、二川といふ、, けれとも、かく位のたかき里はなしといへは、またある人の云、鳥にもにたるさとの名哉と, 攝泉堺の津をしる人あり、あふ坂のせきより西の名津なり、この所もさかいといふ、名はお, 夜のほの〳〵とあくるに、しほみ坂をのほりてはる〳〵谷を行、ほそき川有、とへは、是より, それより輿に乘て、一睡眠、夢覺てとへは、はやよしたの里にもつきぬといふ、夢のうちに、, 夢とてもよしやよしたの里ならんさめてうつゝもうきたひの道, 此所の城守〓に我したしき人なれは、立寄て對面せん事をいひやる、城守例ならぬにより, 國は三河里は二川あはすれはいつかはのほりつかむふるさと, よをこむるみちのたよりの竹の杖行衞をとふにしらすかの里, 元和七年九月二十二日, 松平忠利, 白須賀, 御油, 潮見坂, 吉田, 二川, 元和七年九月二十二日, 三五〇

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  • 松平忠利
  • 白須賀
  • 御油
  • 潮見坂
  • 吉田
  • 二川

  • 元和七年九月二十二日

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  • 三五〇

注記 (23)

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