『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 3 p.221

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らん、但、二の郷字疑はし、今案るに、是里見時代の定法にや、卷末久留里記終と記す、, 事といふ一條、平將門の事を載、將門をもつて葛原親王の御子とするも笑ふにたえす、, 一卷となすと見へたり、然れとも其證を見されはしはらくともに一卷となすのみ、, 今按るに、白山縁起の下、浦田の城初て御企の事より以下は久留里記にして、もと別に, 子太政大臣大友の親王、逆臣のためほろほさるそと大音聲をあけ名乘給ふなと、後世軍, 物語に書載たる武者らしき體、笑ふへきの甚しきなり、縁起の下、浦田の城始て御企の, 御當家にいたり、領主の事を記、次に怒田村大日の事、次に望陀郡阿蒜の庄の事、郷村, の名をしるす、次に壹石より九石まてを谷といふ、拾石より九十石まてを郷と云、百石, つて官に冠らしむる、尤後世の事也、いはんや衞門府元は衞士府といふ、衞門府と改ら, て、山邊中納言義家といふ人を大將軍とすと、中納言は令外の官にて、持統八年はしめ, 九十石、石の字の上九字を〓するならん、九千九百九十の下にも九石の二字を〓するな, て置ところ、天武即位より二十二年の後なり、又神崎右衞門といふものあり、神崎をも, 次に久留理城合戰の事六條、里見氏滅亡より, より九百石まてを村といふ、千石より九千九百九十石まて郷といふとしるす、今案るに、, れしは嵯峨帝弘仁二年の事也、皇子自盡の所に神武天皇より三十七代孝徳天皇第三の皇, 谷郷村郷ノ別, セテ一卷トセ, 定法カ, 久留里記ト〓, ハ里見時代ノ, ルカ, 別紀第十(上總), 二二一

頭注

  • 谷郷村郷ノ別
  • セテ一卷トセ
  • 定法カ
  • 久留里記ト〓
  • ハ里見時代ノ
  • ルカ

  • 別紀第十(上總)

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  • 二二一

注記 (23)

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