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せり、, 〔南紀徳川史〕, 陸調を合せて、響き滄溟に渡り、龍神も感應すへくおもはる, 候、是頼朝の鶴か岡造營の古例を被爲追候との御事也、, の御棧敷より、諸有司の棧敷・諸士一統の棧敷數百間を建連ぬ、松葉を以て飾をなすを以て、, 是を松葉棧敷といふ、渡御有りて、遊觀所にて相撲あり、相撲畢りて還御なり、還御の時、所, 一公初御入國之時より、御宮地之事御心に被懸、或早朝に不圖御沐浴被成、和歌へ御越、山々, 和歌御宮御造營の節、御階下石組ハ南龍院樣御直に御差圖被遊、諸士一同に石を直し, を御覽ありて御歸り、叡山竹林坊賢盛來て繩張あり、又雲蓋院を建て、社事を掌らしむ、譜, 作ある役々、藝盡をして還る、又其時和歌浦に樓船を泛へて、船歌を發して樓船を操とる、海, 宮の別當なれとも、又公家の菩提寺なれは、院内御靈屋・本堂に並ひて、西の方に一區域をな, 六月卜定東照公廟地於和歌浦、七月始起工事、, 御本社の南六町許、出島浦の洲觜にあり、四月十七日、此所に假御殿を設け、其左右に、君公, 雲蓋院は御, 略、, 元和六年庚申、公十九歳、, 元和七年十一月二十四日, ○中略、神輿渡御行, 列ノコト二カヽル, 南龍公第二, 二, 比叡山竹林, 坊賢盛繩張, ヲ爲ス, 松葉棧敷, 元和七年十一月二十四日, 七七
割注
- ○中略、神輿渡御行
- 列ノコト二カヽル
- 南龍公第二
- 二
頭注
- 比叡山竹林
- 坊賢盛繩張
- ヲ爲ス
- 松葉棧敷
柱
- 元和七年十一月二十四日
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- 七七
注記 (27)
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