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氏野母ゟ行通ひ、路次も苦勞に相成へし、先信心之もの共申合、小庵を搆へ、諸人に教化, 有しめよと有けれは、傳之丞、地内ニ、二間に三間半之庵を造り、阿彌陀佛を安置し、上人, 由にて、同年七月、長谷川氏對談有度旨、傳之丞、上人を同道し、御奉行所に參〓す、長谷川, りしと也、此時中道院之號を給はる、今に於て、本堂中道院之額是也, 我同意に信心之もの共を集め、聽聞致させ度旨にて其夜十六七人相集り、三夜の説法ニ, 丞に對面し、件之阿彌陀佛を拜禮す、傳之丞懇之饗應し、何卒御奉行所に訴へ出て、一寺, 建立有之、法力を以て、愚民共邪見を翻し、正道ニ被令歸服へし、先此家にて説法有之は、, を住せしめ、又藏徳寺城譽上人を招請し、數日説法教導有て、段々正道歸依之もの多か, 佛を我家に安置し、厚く尊敬し、佛道信心專らなる旨聞及ひ、傳譽上人彼所ニ尋行、傳之, 四十餘人信服歸依をなす事淺からす、夫ゟ傳之丞野母に附添行、歸宅之上、同意之人數, 譽上人法縁之先輩たる故、此寺に落著、長崎表切支丹之魔民共を、何卒佛道之正法ニ可, を語らひ、御奉行長谷川氏ニ委細言上せし處、隨分取持邪徒のもの共正法に教導可有之, 令歸誠之念願にて、當表ニ來りし處、古町乙名伊勢屋傳之丞と云もの、惠心作之阿彌陀, 一翌年元和元乙卯年七月、長谷川氏ゟ、上人同道にて可罷出旨に付、傳之丞附添參〓す、暫, 小庵ヲ構へ, 長谷川藤正, 關徹ヲシテ, 伊勢屋傳之, 丞宅ニテ説, 法ス, シム, 元和七年是歳, 三四
頭注
- 小庵ヲ構へ
- 長谷川藤正
- 關徹ヲシテ
- 伊勢屋傳之
- 丞宅ニテ説
- 法ス
- シム
柱
- 元和七年是歳
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- 三四
注記 (23)
- 672,673,63,2134氏野母ゟ行通ひ、路次も苦勞に相成へし、先信心之もの共申合、小庵を搆へ、諸人に教化
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