『大日本史料』 12編 46 元和八年七月~同年八月 p.285

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竝びに己が後方に從ひ來りし人々、即ちキリスト教徒及び異教徒等より成る無數の人々, に對して大いなる氣魄に滿ちて説教を行ひたり、されど、誰よりも熱意に溢れ且つ誰よ, ・キムラにして、大村の牢獄内に在りし十二人の日本人も共に在りたり、彼等は其の, く、或は此の佳き日に浴さんとして五千レグア以上の遠方より來りし人々より防護せん, とするかの如く、手をば縛したり、總べての人々は順々に間を置きて進みしが、刑吏等, せば、フランシスコ會より司祭なるフライ・リカルド・デ・サンタ・アナ、司祭なるフ, 日、前に記せし大村の牢獄を出でたり、人々は總員二十三人を馬に乘せ、犯罪人の如, ライ・ペドロ・デ・アビラ、在俗修道者たるフライ・ビセンテ・デ・サン・ホセフ、及, び第三會員の誓願修士レオン・デ・サシウマにして、ドミンゴ會よりはフライ・フラン, 在りし聖なる人々は此の殉教の場所の近くに到著せしが、彼等は總べて二十三人、詳言, して、右の五人は孰れもヨーロッパより來れる司祭なりき、イエズス會よりは司祭なる, パードレ・カルロス・デ・エスピンドーラ及び日本人誓願者パードレ・セバスティアン, シスコ・デ・モラレス、フライ・アロンソ・デ・メーナ、フライ・アンヘル・フェルレ, フライ・ハシント・オルファネル、フライ・ホセフ・デ・サン・ハシントに, ル, すっち、, ○おるヽ, びら等、刑, ふらい・だ, 場ヘノ途次, 説教ス, 人等ノ交名, 大村ノ獄ヨ, リ出デシ囚, 元和八年八月五日, 二八五

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  • すっち、
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  • びら等、刑
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  • 場ヘノ途次
  • 説教ス
  • 人等ノ交名
  • 大村ノ獄ヨ
  • リ出デシ囚

  • 元和八年八月五日

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  • 二八五

注記 (26)

  • 423,683,61,2218竝びに己が後方に從ひ來りし人々、即ちキリスト教徒及び異教徒等より成る無數の人々
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