Loading…
要素
ノンブル
OCR テキスト
きになりたまひ、人間五十年、下てんのうちをくらふれは、ゆめまほろしのあひたなり、, れは、御立籠可然由申上候、信長きこしめし、むかしより籠城してうんのひらくことな, し、明日は未明ニなるみ面へ打出候て、義元首をはね候か、我等打死せんと被申候、日比, 候者、信長に出むかひ、それかし一人なり共今川とくみ、打死せんとたくみ申に、さて, ちくりもちて參候、即きこしめし、せうきにこしをかけ、こつゝみとりよせ、ひかしむ, ひかへたり、兩人はやう〳〵とのたまひて、あつ田源太夫殿の宮の前にて千七八百にな, 一度せうをうけ、めつせぬものゝあるへきかと、三度まはせたまひて、城のうちをは御, 打死仕候はんと申、其外いつれも可然よし申上、座敷をたつ、十八日の夜半過と信長公, まと申所ニ今川義元陣取也、尾州清須城にて、林・平手をはしめ、清須日本一の名城な, ひろまへ出させたまひ、さいと申女房ニ、時は何時そとたつねたもふ、夜中過と申、ろ, くメしめさせたまひ、馬にくらをかせよ、ゆつけいたせと被仰、御せん過、こんふ・か, りたまふ、ほしさき面にひかへたる佐〻下野守、三百あまりにて六萬餘きのおさへを仕, 心かけの侍森三左衞門尉・柴田權六なと申者、心よき仰事、我等は御馬の先ニ立、, 小姓七八きにて、出たまふ、大手の口にて森三左衞門尉・柴田權六其外三百計にて, 元和八年九月二十六日, 一二〇
柱
- 元和八年九月二十六日
ノンブル
- 一二〇
注記 (16)
- 788,689,68,2254きになりたまひ、人間五十年、下てんのうちをくらふれは、ゆめまほろしのあひたなり、
- 1654,686,67,2224れは、御立籠可然由申上候、信長きこしめし、むかしより籠城してうんのひらくことな
- 1533,686,70,2229し、明日は未明ニなるみ面へ打出候て、義元首をはね候か、我等打死せんと被申候、日比
- 163,696,73,2222候者、信長に出むかひ、それかし一人なり共今川とくみ、打死せんとたくみ申に、さて
- 911,687,65,2234ちくりもちて參候、即きこしめし、せうきにこしをかけ、こつゝみとりよせ、ひかしむ
- 411,691,70,2237ひかへたり、兩人はやう〳〵とのたまひて、あつ田源太夫殿の宮の前にて千七八百にな
- 663,701,70,2225一度せうをうけ、めつせぬものゝあるへきかと、三度まはせたまひて、城のうちをは御
- 1279,683,70,2235打死仕候はんと申、其外いつれも可然よし申上、座敷をたつ、十八日の夜半過と信長公
- 1772,685,74,2223まと申所ニ今川義元陣取也、尾州清須城にて、林・平手をはしめ、清須日本一の名城な
- 1156,687,68,2232ひろまへ出させたまひ、さいと申女房ニ、時は何時そとたつねたもふ、夜中過と申、ろ
- 1034,688,66,2228くメしめさせたまひ、馬にくらをかせよ、ゆつけいたせと被仰、御せん過、こんふ・か
- 289,709,72,2218りたまふ、ほしさき面にひかへたる佐〻下野守、三百あまりにて六萬餘きのおさへを仕
- 1408,684,72,2252心かけの侍森三左衞門尉・柴田權六なと申者、心よき仰事、我等は御馬の先ニ立、
- 533,688,74,2229小姓七八きにて、出たまふ、大手の口にて森三左衞門尉・柴田權六其外三百計にて
- 1894,767,45,423元和八年九月二十六日
- 1913,2548,42,113一二〇







