『大日本史料』 12編 48 元和八年八月~同年九月 p.120

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きになりたまひ、人間五十年、下てんのうちをくらふれは、ゆめまほろしのあひたなり、, れは、御立籠可然由申上候、信長きこしめし、むかしより籠城してうんのひらくことな, し、明日は未明ニなるみ面へ打出候て、義元首をはね候か、我等打死せんと被申候、日比, 候者、信長に出むかひ、それかし一人なり共今川とくみ、打死せんとたくみ申に、さて, ちくりもちて參候、即きこしめし、せうきにこしをかけ、こつゝみとりよせ、ひかしむ, ひかへたり、兩人はやう〳〵とのたまひて、あつ田源太夫殿の宮の前にて千七八百にな, 一度せうをうけ、めつせぬものゝあるへきかと、三度まはせたまひて、城のうちをは御, 打死仕候はんと申、其外いつれも可然よし申上、座敷をたつ、十八日の夜半過と信長公, まと申所ニ今川義元陣取也、尾州清須城にて、林・平手をはしめ、清須日本一の名城な, ひろまへ出させたまひ、さいと申女房ニ、時は何時そとたつねたもふ、夜中過と申、ろ, くメしめさせたまひ、馬にくらをかせよ、ゆつけいたせと被仰、御せん過、こんふ・か, りたまふ、ほしさき面にひかへたる佐〻下野守、三百あまりにて六萬餘きのおさへを仕, 心かけの侍森三左衞門尉・柴田權六なと申者、心よき仰事、我等は御馬の先ニ立、, 小姓七八きにて、出たまふ、大手の口にて森三左衞門尉・柴田權六其外三百計にて, 元和八年九月二十六日, 一二〇

  • 元和八年九月二十六日

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  • 一二〇

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