『大日本史料』 12編 50 元和八年十一月~同年是歳 p.13

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首壹つ、先年景勝一亂之時分、最上上山とて慶長五年九月十七日二、里見民部少輔馬之, 霜月朔日, 刑部左衞門うち取申候、遊佐之與介と申者、向次兵衞・我等と三人にて門をひらき、, 郎左衞門、是は矢藏ニ而見申候、庄内古川刑部左衞門・かゝノ内岡村長左衞門・米澤内, 候、委はかゝみと申者存候、御うたかいも候者、上山ふたい之者ニ御たつね可被下候、, 白川彌一郎・最上ノ内佐藤門右衞門・本城内金大膳、右之者共ヱ委御聞可有之候、已上、, 入申候、しほりきわまる戸より破られ申、あしかる一人森之次郎と申者ヲ壹人、古川, 五六間程罷出おし拂申候、兩度迄はらい申候、右之通たしかに存候者、庄内五十嵐太, 先とて高名仕候、歸六月十日ヱくさかけ御座候時、太刀付仕、遠藤與左衞門こいたし申, 山吉孫右衞門, 高名覺, 石原七郎右衞門殿, 霜月朔日山吉孫右衞門, 渡邊惣介, 渡邊惣介, 渡邊政定, 元和八年十一月是月, 一三

頭注

  • 渡邊政定

  • 元和八年十一月是月

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  • 一三

注記 (18)

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