『大日本史料』 12編 52 元和八年雑載 p.167

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みつのへいぬのとし元和八年七月廿六日状を給候、, いぬのとし元和八年七月十六日丑ノとし五十八ニ成被申候也、, 大村子村の與右衞門と申人、煩被申候て、御立符守取ニ給候、大豆五升初尾之給候、, 一いぬやまねりや町, みつのへいぬのとし元和八年七月十六日, 鈴村忠右衞門尉殿、六つュ成被申候息子殿煩に, 一おわりの國はくりの郡大村□うしの年五十八ニ成被申候□大豆五升持せ給候、, みつのへいぬのとし元和八年七, 一なこや竹腰山城樣へ御馬廻衆□近藤宗右衞門四歳ニ御成候息□と、宗右, ;人とたゟ犬山へ參候時、て、御立符取ニ給候、最花錢百文持せ給候、, 賀兵旦那所□たつね候て參候間、札を出し申候、, 忠右衞門殿弟勝八殿と申候、, 近藤宗右衞門殿知行二三百石御取候と、使被申候、尋, こまきより被越候、, 我等まへ參候時ノ宿也、, まへとたゟ犬山へ參候時、, 勝八殿宿を頼申候、, 奉公之被, 元和八年雜載社寺(尾張), 一六七

割注

  • こまきより被越候、
  • 我等まへ參候時ノ宿也、
  • まへとたゟ犬山へ參候時、
  • 勝八殿宿を頼申候、
  • 奉公之被

図版

  • 元和八年雜載社寺(尾張)

  • 一六七

注記 (20)

  • 1828,801,55,1319みつのへいぬのとし元和八年七月廿六日状を給候、
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