『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.378

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と被成ける間、其時御本上、家康を奉頼と被仰候に付而、尤之儀成、是非共に, がわずして、三七殿をぬまのうつみにて打奉り、本上おば、くわんばく殿の, もりたてんと被申て、又世もしばまるかとおほへば、本上に腹をきらせ申, 〓きて、其内に陣取成、こまき山には、さくおさへ付させ給はずして、かけは, を出させ給はず、, うるまを越而、犬山へ押出て、こまき山をとらんとし給ふ處に、家康はやく, と承、是非に見つぎ申さんと仰ければ、早くわんばく殿十萬餘騎引つれ而、, かけ付させ給ひ而、こまき山へあがらせ給へば、くわんばく殿も手をうし, なちに陣取せ給ふ、土手のきわまとあけ付〳〵して、十萬餘之人數につら, 引申たれば、しばたとしだがたけにて合戰して、しば〓をたやして、又三七, なひ給ひて、おぐち、がくでんにしよせいは陣取て、一ぢやう計に高土手を, 見つぎ可申、さてくわんばく殿は、むごき事仰候物あな、しばたが三七殿を, 殿をぬまのうつみにおはします處に、げんざいの主成を、昔のおさだにた, 〔三河物語〕天正十二年胛之年、くわんばく殿、御本上に腹をきらせ給はん, 豐鑑ニ袖露, ○下略、岩崎ノ戰ノコトニカ, ル、四月九日ノ條ニ牧ム、, 許ノ土手, 秀吉ノ陣, 家康ノ小, 牧ノ陣ニ, ニハ一丈, ハ柵ヲモ, ヲ築ク, 構ヘズ, 大正十二年三月二十八日, 三七八

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  • ○下略、岩崎ノ戰ノコトニカ
  • ル、四月九日ノ條ニ牧ム、

頭注

  • 許ノ土手
  • 秀吉ノ陣
  • 家康ノ小
  • 牧ノ陣ニ
  • ニハ一丈
  • ハ柵ヲモ
  • ヲ築ク
  • 構ヘズ

  • 大正十二年三月二十八日

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  • 三七八

注記 (27)

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