『大日本維新史料 編年之部』 2編 3 安政1年2月1日~同年2月10日 p.863

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一應接場固〓計も責るも事ニ嚴重こ有之度候處、昨年らりも手薄こる、小笠原一手こる、, こる、萬一異人亂妨いたし候はゝ、如何可仕候哉、中々防留之儀は相成間敷相覺申候、右, 二十人位ツヽ鉄炮をかつき、是も袋之儘こる外ニ大筒樣之もの一切無之、是又御達こる, 少々たりとも嚴重こ相見得候ては異人之氣を立候る不宜との事こも有之候〓、甚手薄, 小屋之三方を壹丁程相隔、幕を張〓し、戰士体之者四五十人、同心頭体之者四頭程、足輕, 切齒罷在候、老公らり兼る異船見物こ參り候るは、遠方らり見物いたし、成丈近付か, 神州之恥辱不可過之、不堪切齒候、, 成候、, さる樣ことの御事ニ御坐候處、成程近付候る右之通振舞を見候得は、一刀ニ切捨申度相, 事こは相見候へ共、我藩之人こるは堪兼たる事と奉存候、誠こはかゆき事こる、乍余所, 指圖をも承知不致、氣隨こ横行致候故、色々と機嫌をとり、よふ〳〵小屋へ引〓り申候、, 之振舞、見ニ不忍事こは異人壹人ニ付與力躰之者一尺ツヽ付添參り候る引〓し候得共、, 一小笠原家陣中、右之通横行之振舞仕候旨、剩武器等之繪圖迄委細と書付、馬印はきんの, 數迄手こる一々相數候るも、一向不相構、其儘指置候段、兼る浦賀奉行等より達御坐候, 婦人抔を追〓し、沼ニ居候鷺抔を腰指筒こる打、勿論空炮之樣子ニは候得共、傍若無人, 態度, 小倉藩兵ノ, 警固薄弱, 安政元年二月十日, 八六三

頭注

  • 態度
  • 小倉藩兵ノ
  • 警固薄弱

  • 安政元年二月十日

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  • 八六三

注記 (20)

  • 700,643,64,2201一應接場固〓計も責るも事ニ嚴重こ有之度候處、昨年らりも手薄こる、小笠原一手こる、
  • 232,696,65,2148こる、萬一異人亂妨いたし候はゝ、如何可仕候哉、中々防留之儀は相成間敷相覺申候、右
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