『大日本維新史料 編年之部』 2編 4 安政1年2月11日~同年2月23日 p.608

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候積之處。草津泊りと承候な。家來差越候。段々と申談等有之。七ツ時過ニ相成。とても, え遣す。この入用も又夥し。乍去少も儉約なしにいたし候。この度之御用は。いつ方え參, 參候る遲く相成候間。歸り候。, 日一旦は菓子其外夥來りたれと。彼是と入違候な返禮にいたし候。にきやかと申候も大, 草津えは參兼候間。俄泊りを割替候あ。大坂え參候處。五ツ時過之。こゝにも御代官又は, 京地之人々參り。歸り候は四ツ時之。しかるに。船中へ長崎え囘り候宅状。并同役之内状, は。佐々木育介父子さゝや太郎兵衞等參りたり。淺野は。所司代え伺之上。大津之泊へ參, 候なも。故郷之にしきと申候々しき之。今日は面會を願候な參候もの共。半は御城代え, ろた之。實に人々驚候。なら人長吏等は勿論。謙左衞門并狹川隆助等は。攝州一之谷之邊, 等屆來候間。右之調ニる。中村爲彌其外參り。九ツ時過退散之。, 十三日雪ひらつたこな夜明申候。御船大きく候な遲く。八ツ半時ふしみへ着。こゝへ, 平服したるはろり之。同人えは。白さや刀一本遣す。其外目録。或は柄さめ。印籠等。夫々, 廿二日晴平塚宿出立いたし候な。かな川へ參候處。異國船八艘かゝり居候義。よく相, 〓謙左衞門なとは。一言も不語。只御なこりはとても不盡と申候な。, 迄出迎たり, ならゟ二十, 里有へし(, ○中, 略、, 大津ニ宿ス, 平塚出立, 安政元年二月二十二日, 六〇八

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  • ならゟ二十
  • 里有へし(
  • ○中
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  • 大津ニ宿ス
  • 平塚出立

  • 安政元年二月二十二日

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  • 六〇八

注記 (23)

  • 805,668,64,2174候積之處。草津泊りと承候な。家來差越候。段々と申談等有之。七ツ時過ニ相成。とても
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