『大日本古文書』 幕末外国関係文書付録 1 (附録之一) p.85

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落入死しため。かくなれと誰も憐ものなしと之。いのなる不幸なる〓にや, ゆ。御城代中屋敷え參。御定番御目付も被參候あ。御逢有之候あ。定例之椀も, り菓子出候〓。一同退坐。改〓御城代御居間え參り。品々御内談等有之。咄つ, したるよし之。親も子も有よし故。香典として。金三百疋遣し候ひめ路之代, 子え祈候由或は神功皇后之陵え。屡いのりたるよしなと。いつれも深切ニ, 日已來逗留して。當テもなきに待居たるえ。○去年姫路に止宿の時。わか荷, 宿之混雜大かたならす候。喜三郎へ横麻上下兵右衞門え羽織遣候。聖徳太, を持たる人足。湯釜え落。大やけといたしたる故。金二分遣したるよしは、其, 井に投して死し。弟は首をくゝり。去年は。彼みつから過そ〓のまのうちへ, 申す。僞もあるまし。ならより二十里も我に逢度計ニ。入用をのけて。去ル七, 官。礼として來り候。道中師の話に。右之人足は。よからぬ者〓と。去々年姉は, 頃の日記に記したり。昨日尚又糺したるに。三日メ目に。右之やけとニ〓死, 十二日晴曉八ツ時兵庫出立いたし候あ。歩行ニ〓。大に急候あ。九ツ半時, 大坂に著いたし。麻上下に著替候あ。西役所石谷因幡守え參り。同人同道ニ, 并御札等差出候大坂よりも。林才二一郎來る。明朝も正八時之出立なれは。旅, 大坂ニ入, 城代ニ〓, 川路長崎日記之一, 八五

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  • 大坂ニ入
  • 城代ニ〓

  • 川路長崎日記之一

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  • 八五

注記 (19)

  • 709,638,81,2227落入死しため。かくなれと誰も憐ものなしと之。いのなる不幸なる〓にや
  • 354,655,83,2215ゆ。御城代中屋敷え參。御定番御目付も被參候あ。御逢有之候あ。定例之椀も
  • 237,652,79,2210り菓子出候〓。一同退坐。改〓御城代御居間え參り。品々御内談等有之。咄つ
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