『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.573

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然の御由緒も有之事故、不顧恐申立る趣に申せしかば、越前殿不承知かと毎度問返へし、, 中守へは、昨日も越前殿と御談ニ及ひたる如く、大義を宣へ公論を立て、動きなき樣に申, しに、公笑はせ給ひ、さる事ならんとおもひしなり、それやかて吾一策を施すへき根種, 立たれは、備中は辟易して、唯御尤〳〵とのみ答て何の申事もなかりし、されと西城の事, 正月十三日、, り、土佐守殿御逢ありて、昨日は手強き事は申出さす、根問葉問して十分ニ押詰見たるに、, りし事歟と申せし故、一應は申談見しかとも、同人は不承知にて取合はす、元來親藩ゟ申, 立へき筋なるに、越前抔か不同心ニ〓は致方なかりし故、外樣ながらも寡人か家は親藩同, 當時の急務たるは、思ひ入たるさまに見えたるなりと仰ありしかは、其段罷歸り申上たり, いつになき尤〳〵と計りも不申聞、備中ゟも色々申たるか、其内にも越前殿へも御相談あ, 一、同朝、師質を土佐守殿へ被指出、昨日備中殿にて御應答の御次第を被爲聽度との御事な, 正月十日、今朝士佐守殿、備中守殿へ御出有けれは、其折の御樣子如何有けん聽かセられ, ん爲、師質を土佐守殿へ指出され、午時計りに參りたりしに、やかて侯御逢ありて、今日備, なるはと仰セありけり、, ○中, 略、, シ堀田ト會, 中根師質ヲ, 豐信ニ遣ハ, 豐信二遣ハ, 見ノ状ヲ訊, 再ビ中根ヲ, シ堀田ト對, 談ノ始末ヲ, ネシム, 訊ネシム, 安政五年正月二十四日, 五七三

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  • ○中
  • 略、

頭注

  • シ堀田ト會
  • 中根師質ヲ
  • 豐信ニ遣ハ
  • 豐信二遣ハ
  • 見ノ状ヲ訊
  • 再ビ中根ヲ
  • シ堀田ト對
  • 談ノ始末ヲ
  • ネシム
  • 訊ネシム

  • 安政五年正月二十四日

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  • 五七三

注記 (28)

  • 205,641,60,2214然の御由緒も有之事故、不顧恐申立る趣に申せしかば、越前殿不承知かと毎度問返へし、
  • 1598,638,61,2220中守へは、昨日も越前殿と御談ニ及ひたる如く、大義を宣へ公論を立て、動きなき樣に申
  • 1248,638,62,2223しに、公笑はせ給ひ、さる事ならんとおもひしなり、それやかて吾一策を施すへき根種
  • 1482,635,61,2227立たれは、備中は辟易して、唯御尤〳〵とのみ答て何の申事もなかりし、されと西城の事
  • 902,639,58,300正月十三日、
  • 669,640,59,2214り、土佐守殿御逢ありて、昨日は手強き事は申出さす、根問葉問して十分ニ押詰見たるに、
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  • 1830,638,62,2211正月十日、今朝士佐守殿、備中守殿へ御出有けれは、其折の御樣子如何有けん聽かセられ
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