『大日本維新史料 編年之部』 3編 1 安政5年1月 p.578

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

きに議り定め給ふ、, 但、横山猶藏儀も致同道可然事、, も仰せ出されかたく、公には御歸國の御時節ともなりて御遺憾の御事なれは、旁京師の, 一、此夕、土佐殿より左内を召されて、京師ニ於ての事共を仰セ含められたり、, もありて、京師は專ら攘夷説のみ行はるれは、備中殿上り給ひても容易に事ゆくへくもお, 航海術原書爲取調、出坂被仰付、御用濟次第、早速罷歸候樣仰付、, 正月廿四日、橋本左内へ上京の事を被命、されと世人の聞きおもはん所も有れは、表立て, ほされす、夫につきては兼るも御談しありし如く、遊説の客を一人遣はされ度との事を御, 事早く濟べき樣こそあらまほしけれと思召は、樣々に談し合給ひて、彌左内を遣はさるべ, 國の御取扱方のよからぬ故、京師にてあし樣の風説ある趣なと、土佐殿へ申越されたる事, 申出あり、公にもおほし設られたる御事なる上、備中殿の歸府遲くなりては、建儲の事, は左之通に師質より申渡せり、, 前内府公は土佐殿の御舅君にて、當時京師におゐて囑望の御方なるが、兼〓關東ニ於て外, 正月廿五日、此夕も再ひ左内を土佐殿へ召て、猶又被仰含儀共ありて、三條公への御直書、, 橋本左内, 安政五年正月二十四日, 説客ノ上京, 豐信左内ニ, 内家ノ關係, 猶藏ヲ伴ハ, ツキ注意ヲ, 左内ニ上京, ヲ命ジ横山, 京都周旋ニ, ヲ欲ス, 三條家ト山, シム, 與フ, 安政五年正月二十四日, 五七八

頭注

  • 説客ノ上京
  • 豐信左内ニ
  • 内家ノ關係
  • 猶藏ヲ伴ハ
  • ツキ注意ヲ
  • 左内ニ上京
  • ヲ命ジ横山
  • 京都周旋ニ
  • ヲ欲ス
  • 三條家ト山
  • シム
  • 與フ

  • 安政五年正月二十四日

ノンブル

  • 五七八

注記 (30)

  • 1067,626,57,470きに議り定め給ふ、
  • 484,792,58,790但、横山猶藏儀も致同道可然事、
  • 1296,625,61,2217も仰せ出されかたく、公には御歸國の御時節ともなりて御遺憾の御事なれは、旁京師の
  • 365,640,63,1920一、此夕、土佐殿より左内を召されて、京師ニ於ての事共を仰セ含められたり、
  • 1644,626,60,2217もありて、京師は專ら攘夷説のみ行はるれは、備中殿上り給ひても容易に事ゆくへくもお
  • 597,729,61,1660航海術原書爲取調、出坂被仰付、御用濟次第、早速罷歸候樣仰付、
  • 947,623,63,2222正月廿四日、橋本左内へ上京の事を被命、されと世人の聞きおもはん所も有れは、表立て
  • 1529,622,60,2227ほされす、夫につきては兼るも御談しありし如く、遊説の客を一人遣はされ度との事を御
  • 1180,618,62,2219事早く濟べき樣こそあらまほしけれと思召は、樣々に談し合給ひて、彌左内を遣はさるべ
  • 1760,620,62,2231國の御取扱方のよからぬ故、京師にてあし樣の風説ある趣なと、土佐殿へ申越されたる事
  • 1411,621,62,2229申出あり、公にもおほし設られたる御事なる上、備中殿の歸府遲くなりては、建儲の事
  • 836,634,56,747は左之通に師質より申渡せり、
  • 1875,623,62,2224前内府公は土佐殿の御舅君にて、當時京師におゐて囑望の御方なるが、兼〓關東ニ於て外
  • 248,626,63,2215正月廿五日、此夕も再ひ左内を土佐殿へ召て、猶又被仰含儀共ありて、三條公への御直書、
  • 714,2098,56,517橋本左内
  • 1994,721,45,431安政五年正月二十四日
  • 1514,255,43,211説客ノ上京
  • 420,252,41,201豐信左内ニ
  • 1840,252,42,216内家ノ關係
  • 599,248,43,209猶藏ヲ伴ハ
  • 307,256,42,203ツキ注意ヲ
  • 714,253,42,212左内ニ上京
  • 657,260,41,208ヲ命ジ横山
  • 363,249,41,206京都周旋ニ
  • 1457,257,43,115ヲ欲ス
  • 1897,257,42,212三條家ト山
  • 552,260,26,64シム
  • 250,249,41,74與フ
  • 1993,721,45,430安政五年正月二十四日
  • 1993,2359,43,119五七八

類似アイテム