『大日本維新史料 編年之部』 3編 2 安政5年2月 p.763

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餘種々御相談ありて、夜更て退出之、, 蕃に逢ひ承りたるに、何分彼地の模樣第, し定めて申來らん迄は、いかに申立るとも約束かましき事は致すましき由嚴敷抑止申越、, 申來りし故、即舊冬之建議共取揃へ急使にて廻したり、夫にて濟めは誠によし、兎角甚六, て、未過る比より師質水筑州の許へもて行たり、筑州對面ありて申されしは、今朝於營中玄, へき光陰を空々閑過、實に歎息の極なる由を申越し、且墨吏も出府すへけれと、京地ゟさ, の受拂ひをなす迄にて、一向無術なる由を歎息せし故、密ニ太守君之御盛意を申聞たり, 將諸侯之赤心勅問之儀、一應は於京地備中殿ゟ御答申上濟たる由なれとも、猶此表へも, 股腹心の左衞門・肥後を引率しての上京にて、萬端於彼地奏答裁決事濟むへきの計畫故、, ケ敷樣子には聞ゆれとも、此地にては如何にともせんすへなし、畢竟大全權の備中殿、肱, 關東ゟ仕向る事迚は一事もなく、又隔地の事にしあれは見込も付かたく、唯々申來りし事, 三月十一日、昨夜筑州の申上られたる如く、左内ゟ遣したる書中忌疑を省略して寫し竟へ, 寫しになり、筑後守へ御渡し下さるへし、夫もて内密計議仕り見可申旨を申上らる、猶此, 天意何とも難計けれは、謀の出る處を知らす、御答の御催促は猶以なすへからす、唯惜む, かたく候得とも、書中彼是嫌疑に亘り忌諱に觸候條も相見え候へは、此條々を被除候ふ御, 安政五年二月二十九日, 歎ス, 報ヲ得テ痛, 永井尚志京, ヲ語ル, 慶永ノ盛意, 安政五年二月二十九日, 七六三

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  • 歎ス
  • 報ヲ得テ痛
  • 永井尚志京
  • ヲ語ル
  • 慶永ノ盛意

  • 安政五年二月二十九日

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  • 七六三

注記 (23)

  • 1611,627,64,898餘種々御相談ありて、夜更て退出之、
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